第7章

「あいにくだな」

黒田大河は冷ややかな視線を西園寺蓮に向けた。

この二人が一緒にいるところなど、どう見ても面白くない。嫌いな連中が一堂に会したようなものだ。

立花柚月は彼を一瞥すると、ドアを閉めようとした。

黒田大河が手を挙げてそれを遮る。

「新しい男ができたから、もう俺の顔は見たくないってか?」

「二度と会わないと言ったのは、あなたよ」

立花柚月は彼の手を見つめた。

その薬指には、まだ二人の結婚指輪が嵌められている。外すのを忘れているのだろう。

黒田大河も自分の指に気づき、手を引っ込めた。

「お前の言う通りだ。俺たちは会うべきじゃない。これからは会っても他人のふりをするさ」

そう言って背を向ける。

園田麻衣が彼の腕に絡みついた。

「大河、その指輪……」

「外し忘れてただけだ」

黒田大河はその場で指輪を引き抜くと、廊下のゴミ箱へ無造作に放り投げた。

「別に捨てなくてもいいのに。私は気にしないわよ? それ、高かったんじゃない?」

「さあな、覚えてない」

黒田大河は園田麻衣の腰を抱き寄せ、甘い声で言った。

「お前にはもっといいのを買ってやるよ。もっと高くて、これよりずっといいやつをな」

立花柚月は病室の入り口に立ち尽くし、遠ざかっていく二人の会話をすべて聞いていた。

彼女はゴミ箱に目をやった。自身の薬指に触れると、指輪の冷ややかな感触が伝わってくる。

かつて、黒田大河はこの指輪を買うために長い時間をかけ、選び抜いてくれた。彼女に最高のもの、一番高いもの、そして唯一無二のものを贈りたいと言ってくれたのだ。

有名なデザイナーの手によるものだった。

捨ててしまえば、二度と同じものは手に入らない。

「冷えるぞ」

背後から聞こえた西園寺蓮の声に、立花柚月は我に返った。

彼と目が合った瞬間、無意識に結婚指輪のついた手を背中に隠した。

西園寺蓮は彼女の肩に手を添えて軽く押し、病室の中へと促した。静かにドアが閉まる。

……

園田麻衣に支えられ、黒田大河は病室に戻った。

「さっきはどうなることかと思ったわ。心臓が止まるかと思った。急に私が誰だか聞くんだもの、私のことを忘れちゃったのかと……」

「からかっただけだよ」

黒田大河は顔を赤らめて怒る彼女を笑いながら抱き寄せたが、その瞳の奥には奇妙な色が走っていた。

実を言えば、彼自身も分からなかったのだ。目が覚めた瞬間、目の前の女がひどく見知らぬ人間に思えた。まるで長い夢から覚めたばかりで、何も思い出せないような感覚。

見知らぬ世界に放り出されたような、恐怖と混乱。

だがすぐに、覚醒後の記憶が脳裏に浮かび上がってきた。

思い出した。

目の前のこの女性は、目が覚めて最初に見た人だ。彼女は献身的に看病してくれた。優しく、細やかに。まるで春の雨が心を溶かすように。彼女こそ、全てを犠牲にしてでも守り抜くと誓った相手だ。

あの立花柚月に関しては……。

ただの過去の女に過ぎない。

「そういえば、ずっと教えてくれないけど、どうして俺に記者会見を開かせたがったんだ?」

彼は園田麻衣の顎を持ち上げて尋ねた。

園田麻衣は唇を噛んだ。

「もう聞かないで。言いたくないの。医師も今は休息が必要だと言っていたわ。ゆっくり休んで」

彼女が話そうとしないため、黒田大河もそれ以上追求しなかった。

調べれば分かることだ。

……

その夜、立花柚月は安らかに眠ることができた。

目を開ければ翔の姿がある。以前には望むべくもなかった光景だ。

以前、子供は一般病棟にしか入れず、大勢の患者と同室だった。隣の患者が睡眠の妨げになるからと付き添いを許してくれなかったため、立花柚月は病院に泊まり込むとしても、廊下のベンチに座っているしかなかった。

睡魔に襲われれば、座ったままうたた寝をする日々だった。

翌朝、目を覚ました翔は立花柚月の顔を見て嬉しそうに笑い、口を大きく開けた。

母と子は一緒に朝食をとり、顔を寄せ合って内緒話をした。西園寺蓮が入ってきたのは、ちょうどその時だった。

「お邪魔だったかな?」

彼は朝食を手に提げていた。

立花柚月は微かに笑った。

「翔が、いつになったらあなたみたいに格好良くなれるのかって聞くんです」

彼女は少し困っていた。どう答えていいか分からなかったからだ。

翔は西園寺蓮の実の子ではない。成長しても似るのは黒田大河だろう。黒田大河も確かに美男子だが、映画界の帝王である西園寺蓮と比べてしまえば、やはり見劣りする。

しかし、西園寺蓮は平然と言った。

「俺の息子だ。大人になれば当然、俺と同じくらい格好良くなるさ」

その言葉はあまりに自然だった。

立花柚月が思わず翔を見ると、翔は満面の笑みを浮かべ、小さな口を開いて元気よく言った。

「パパ」

彼はその呼び方が気に入っているようだった。

「ああ」

西園寺蓮もまた、自然に応じた。

立花柚月だけが、まだ少し慣れずにいた。

朝食を終えると、翔は体力が続かず、すぐに眠ってしまった。

立花柚月は愛おしそうに寝顔を見つめた。

不意に、西園寺蓮が口を開いた。

「また演技がしたいか?」

立花柚月は苦笑した。

「もう、いいです」

「本心か?」

もちろん嘘だ。

立花柚月は演技が好きだった。そうでなければ、情熱だけでこの複雑で混沌とした芸能界に入りなどしなかっただろうし、様々な枕営業や闇の中を、その熱意と強情さだけで切り抜けてきたりはしなかった。

だが残念なことに、顔は傷ついてしまった。道は絶たれたのだ。

ましてや以前の悪評もある。今さら彼女と契約する事務所などないだろう。

西園寺蓮の視線が、彼女の顔の傷をなぞった。そこには嫌悪も、同情も、憐憫もなかった。まるで醜い傷跡などではなく、ただの道端の草花でも見ているかのようだった。

彼女にとって、同情の視線は何よりも残酷な拷問だったから、それは救いでもあった。

「君はただ、したいかどうかだけ答えればいい」

立花柚月は少し沈黙し、深く息を吸い込んだ。

「……したいです」

胸に秘めた情熱と不甘が、心の中で声を上げていた。

「なら話は早い。忘れたか? 俺が誰かを」

「でも、私たちは結婚しました。私が芸能界に戻れば……」

例えば黒田大河の母親は、彼女が演技を続けることを好ましく思っていなかった。芸能界は乱れているからと。

女が表舞台に出るべきではないという考えだった。

黒田大河は支持してくれていたが、当時の彼女は彼を板挟みにするのが忍びなく、引退も考えていた。

引退の準備もしていたのだ。ただ、あの事故が全てを狂わせた。

「言ったはずだ。俺の母は君の演技を気に入っていると。君には才能があると言っていた。だから母も、君には好きな仕事を続けてほしいと思っている」

西園寺蓮は何やら思い出したように、呆れた笑みを浮かべた。

「俺を芸能界に蹴り込んだのも母だ。『これも修行のうちよ』と言ってな」

立花柚月は意外な話に驚いたが、西園寺蓮の母親はきっと可愛らしい人なのだろうと妙に納得した。

「近いうちに実家で法事があるんだが、一緒に来るか?」

ついでに両親に会わせる、ということだ。

立花柚月は途端に慌てた。心の準備ができていない。それに、自分がなぜ西園寺蓮と結婚したのかも理解している。

「はい……。何か手土産を用意したほうがいいでしょうか? 服装はどうすれば……お義母様の好みもまだ知らなくて、私……」

「やっぱり、今度にしよう」

西園寺蓮が唐突に言った。

立花柚月は、彼を怒らせてしまったのかと思った。自分の振る舞いがあまりに情けなかったからだ。

まだ会ってもいないのに、こんなに緊張して……。

「今回の法事は色々と慌ただしい。両親も君をもてなす余裕がないだろうからな。せっかく嫁に来てくれたのに、怖がって逃げられたら泣く場所もない」

彼は冗談めかして言った。

立花柚月は思わず吹き出した。

二人の結婚が取引であり、愛による結合ではないことは互いに承知の上だ。

彼の言葉はただの軽口に過ぎない。

「私は大丈夫ですけど」

しかし、西園寺蓮は真剣な表情で言った。

「俺は君に万全の準備をしてほしいんだ。それに……」

彼は翔に目をやった。翔は最近薬を変えたばかりで、手術の準備期間に入っている。経過観察が必要であり、立花柚月としても側を離れるのは不安だろう。

「君は翔のそばにいてやってくれ。俺の帰りを待っていてほしい」

息子のこととなれば、立花柚月も断れなかった。

「すみません、私……」

「謝る必要はない。大したことじゃないさ。翔が何よりも最優先だ」

西園寺蓮の思いやりのある言葉は、立花柚月の罪悪感を大きく和らげた。

彼女は心に誓った。次こそは、彼の実家に行く時は、完璧な準備をして、最高の妻として振る舞おうと。

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