第292章

 実のところ、彼は以前から薄々疑っていた。詩音が詩織なのではないか、と。だがそんなの、あまりにも荒唐無稽だ。あり得るはずがない。――考えすぎだ、と自分に言い聞かせてきた。

 けれど今、彼女が「桃花島」と口にした瞬間、疑いは再び鎌首をもたげる。もしかすると、あの頃の出来事はそんな単純な話じゃない。水面下で、自分の知らない何かが動いていたのかもしれない。

 柳原詩音の笑みが、ふっと固まった。大きな瞳に潤いが宿り、呆然と彼を見つめる。心臓が激しく脈打ち、興奮で唇が小さく震えた。

 「聡……いつ、気づいたの……?」

 喉元を誰かに締めつけられているみたいで、息がうまく吸えない。彼女は無理やり...

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