第2章

 画面が更新され、クラウドのアルバムが表示された。『太陽と海――回復旅行』。

 何百枚もの写真がモニターに雪崩れ込む。浜辺、ヨット、そしてアラリクに抱き寄せられているエレナ。位置情報:先週。サントリーニ。

 たった一週間前、アラリクはベッドの中で私の首筋に口づけて言ったのに。

「仕事が落ち着いたら、島へ連れていく。新婚旅行の埋め合わせをしよう」

 新婚旅行なんかじゃなかった。あれはエレナの回復旅行だったのだ。

 痺れた指でスクロールを下げる。胎児の超音波写真が現れた――日付は、私がアラリクと血の契約を交わすより六か月前。裏面には、彼の鋭い筆跡でこう書かれていた。

「授かれなかったあの子のために。誓う、二度と別の子は持たない」

 マウスを握る手が、震えすぎて言うことをきかなかった。

 契約二年目、私は子どもが欲しいと懇願した。けれど彼は、あっさりと切り捨てた。

「お前の血筋は脆すぎる。妊娠したら死ぬ。やめろ」

 外の世界は私をどう呼んでいた?

「欠陥品のペット。子宮まで役立たず」

 彼が拒んだのは、私が弱いからじゃない。もう別の誰かに誓いを立てていたからだ。

 スマホが震え、冷え切った意識が引き戻された。

 アラリクからのメッセージだった。

【机の上のファイルを持ってこい】

 彼が例の「緊急事態」を片づけて戻ってくる頃には、私はとっくにいなくなっている。

 ファイルを届け、この生贄みたいな絆の悪ふざけに終止符を打って、彼の世界から永遠に消える。

 ……

 それから三十分後、私は彼のエグゼクティブ・スイートに着いた。

 吸血鬼の護衛たちの視線が肌に突き刺さる――吐き気を催すほどの憐れみと、嫌悪が入り混じった眼差し。

 私は扉の前で立ち止まった。少しだけ開いている。

「まだ『新婚旅行』の嘘を食べさせてるの?」エレナの甘い声が、ぬるりと漏れ出た。「あれは私の回復旅行よ。知ったら、あの子、粉々になるわ」

「お前の関与することじゃない」アラリクの声は低い。

「それは俺にだけ言え。彼女が疑う理由を作るな」

「わかってる」隙間越しに、エレナが絹のトップスを脱ぎ捨て、彼の膝に跨がるのが見えた。

「エレナ」アラリクが警告する。

 直後、濡れた接吻の音と、押し殺した喘ぎ声が続いた。

「罰して……アラリク……」

 私は口を押さえた。血が氷になったみたいだった。

 護衛たちが私をあんな目で見た理由がわかった。みんな知っていたのだ。何も知らなかったのは、私だけ――間抜けな道化は私だけだった。

 私は扉の脇にファイルを落とし、逃げ出した。

 裏口を押し開けた瞬間、膝が砕けるように崩れ、凍てついた石段に倒れ込む。熱い涙が、震える手の上にぽたぽたと落ちた。

「こんなところで隠れて泣いてるの? みじめね」

 エレナが私を見下ろしていた。首筋には、真新しい噛み痕があからさまに浮かんでいる。

「あなたが、彼のスマホからあのメッセージを送ったのね」私は掠れた声で言った。

「そうよ」彼女は口元を吊り上げる。

「何年も、彼の『会議』は全部、私のベッドの上だった」

 彼女はスマホを私の顔の前に突きつけた。二つの身体が狂ったように絡み合う動画。

 胃がひっくり返る。私は彼女を押しのけ、茂みに向かって身を折り、えづいた。

「それも耐えられない? 体位なら、まだまだあるのに」

 私は身体を起こした。

 ありったけの力を掌に込め、彼女の頬を平手で打った。

 エレナの顔が横に弾ける。振り返った彼女の瞳孔は、深紅の細い裂け目になっていた。殺意が、針のように跳ね上がる。

「汚い人間の雌犬。よくも私に触れたわね? 本気で自分がアラリクの伴侶だと思ってるの? あんたは痛みのない血のポンプにすぎない! 彼があんたから吸った一滴残らず、私に飲ませてたのよ!」

 彼女が飛びかかる。銀の刃が閃き、右腕が大きく切り裂かれた。

 血が噴き出す。だが私は、ぴくりとも顔を歪めなかった。骨が見えているのに、何も感じない。

「化け物」エレナは傷口を見て笑った。

「痺れたちっちゃい怪物。もっと刺しておけばよかった」

「エレナ!」

 アラリクの声が響いた。

 エレナは即座に刃を落とし、赤くなった頬を押さえる。

「アラリク! 助けて! この子、私を殺そうとしてる!」

 彼は彼女が倒れ込むふりをするのを受け止め、私に向かって怒鳴りつけた。

「正気か!?」

 私は、どくどくと血を垂らす腕を見つめた。

「彼女が刺したのよ」

「ふざけるな!」彼は私の裂けた肉を完全に無視して吐き捨てた。

「エレナがハエ一匹傷つけるか。ナイフはお前の足元にある!」

 彼は腕の中で震える女を庇うように抱き締め、私を睨みつける。

「痛みを感じないのをいいことに、自分で自分を傷つけて脅したのか? 血を見たら彼女は気を失うんだぞ!」

 喉の奥から、空っぽの笑いが漏れた。

「私の血が、彼女を怖がらせる? 何年もあなたが私から抜いた血は、本当に『浄化フィルター』のためだったの? 私を生かすため? それとも全部、彼女に飲ませて狼の毒を抑えてたんじゃないの!?」

 アラリクの身体が硬直した。目の奥に焦りが走る。だがそれはすぐに、冷たい傲慢さに塗り潰された。

「お前を生かすためだ! 妄想に付き合ってる暇はない。エレナには医者が必要だ!」

 千切れかけて血を流し続ける私の腕に、二度と目を向けないまま、彼は気絶したふりをするエレナを抱き上げ、嵐のように立ち去った。

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