第8章 ランキング

リアムは黒焦げの塊を見下ろしたまま、喉仏をこくりと上下させた。

動けない。

エヴァは隣で、思わず噴き出した。

これがリアムだ。口先だけはいつだって情熱的なくせに、いざ代償を払う段になれば、誰より早く足が止まる。

アイヴィーはリアムをちらりと見た。目の縁がみるみる赤くなり、次の瞬間には顔を覆って、カメラの外へ駆け出していく。

マーカスは彼女に目もくれず、ジュリアン組とアメリア組の皿を順にチェックした。片方は辛うじて及第点、もう片方は無難。5点だの6点だのをつけ、最後の一皿へと向かう。

エヴァとセバスチャンの料理。

白身魚のバター焼きは皮目が黄金色にパリッと立ち、中は雪みたいに白く、ふっくらとほどける。隣にはミディアムレアのステーキ。肉汁がきっちり閉じ込められ、艶まである。

そして何より、盛り付け。

セバスチャンは余ったブラックペッパーソースとバジルで、白い皿の上に極限まで削ぎ落とした装飾を走らせていた。

一気に高級感が立ち上る。

ミシュランの星付きと言われても、頷ける出来だ。

マーカスは魚を小さく切り分け、口へ運ぶ。

二度ほど噛んで――止まった。

周囲が息を呑む。

マーカスはナイフとフォークを置き、顔を上げてエヴァとセバスチャンを見る。

「……おまえら、隠れてデリバリーでも頼んだんじゃないかって疑いたくなるな」

親指を立てる。

「満点。今夜いちばん贅沢な海鮮ディナーは、おまえらの勝ちだ」

夕食後。

全員がリビングのソファに集められた。

アイヴィーは化粧を直してリアムの隣へ戻ってきていたが、表情はどこか強張っている。あの余裕のある甘さを、もう貼りつけていられない。

大画面モニターが点灯した。

マーカスがマイクを手に、モニターの前へ立つ。

「皆さん、収録初日はこれで終了だ。ここで、視聴者が君たちをどう見ているか……生の声を確認してみよう」

画面に、今日の生配信コメントが滝みたいに流れ始める。

制作側が、特に燃えた場面をいくつか切り抜いていた。

最初は、ビーチのハイヒール事件。

【草。ビーチに10cmヒールって何? レッドカーペットと勘違いしてる?】

【セバスチャンの『耕しに来たのか』キレッキレで最高】

【アイヴィー前は可愛いと思ってたけど、今日のは作りすぎ】

【セバスチャン狙いで近づいて玉砕してるの、見てるこっちがキツい】

アイヴィーはソファに座ったまま拳を握りしめ、爪が掌に食い込むほど力を入れていた。俯き、顔に浮かぶ屈辱を必死に隠している。

次は料理。

【エヴァ、魚さばく手つきイケすぎ。迷いゼロ】

【エヴァとセバスチャン、会話ゼロなのに息ぴったりでヤバい】

【比較が残酷。アイヴィー、キッチン燃やして泣いて褒められたがるの無理】

【リアムも草。黒焦げ食えって言われた瞬間、固まるのが真実の愛?】

リビングの空気が、底まで冷える。

ジュリアンが顔をこわばらせ、耐えきれず口を開いた。

「こいつら、事情を知らないだけだ。アイヴィーは子どもの頃から雑用なんてしたことがない。できなくて当たり前だろ。好き勝手言いすぎなんだよ」

エヴァはソファにもたれ、冷たく彼を見る。

「誰も完璧なフレンチなんて求めてないわ。最低限の常識もなく鍋を燃やしておいて、反省する代わりに涙で相手を縛ろうとした。叩かれて当然でしょう」

「エヴァ!」

ジュリアンが勢いよく立ち上がる。

「おまえは本当に、どこまでもアイヴィーを目の敵にするのか!」

「私が?」

エヴァは笑った。

「自分から顔をカメラに突き出して、視聴者に殴られに行ったのは彼女よ。私のせいにしないで」

ジュリアンは怒りで震えたが、言い返す言葉が見つからない。

マーカスがぱん、と手を叩く。

「はいはい。コメント鑑賞はここまで。次に、新ルールを発表する」

全員が顔を上げた。

コメントが消え、代わりにランキング表が映し出される。10人の名前が並ぶ。

現時点で、エヴァは1位。アイヴィーは下から2番目。最下位はティファニー。

「これは視聴者によるリアルタイム好感度ランキングだ」

マーカスの表情から笑みが消え、声が硬くなる。

「今日からこのランキングはリアルタイムで公開。1週間後、同じ時刻の時点で最下位のゲストは――そのまま脱落だ。屋敷から退場してもらう」

どよめきが走った。

「脱落?!」

ティファニーが甲高く叫ぶ。

「契約書にそんなこと書いてなかったでしょ!」

「今できた」

マーカスは肩をすくめる。

「これはサバイバル戦だ。リゾートじゃない。視聴者は、つまらない人間に尺を割きたくないんだよ」

アイヴィーは、画面の自分の順位を凝視していた。呼吸が目に見えて浅くなる。

脱落ルールが突きつけられた瞬間、リビングは呼吸音まで聞こえそうな静けさに沈む。

アイヴィーは倒数2位の自分の名前を、爪が肉に食い込みそうなほど握りしめながら睨みつけた。

持ち上げられることに慣れている。守られることに慣れている。中心であることに慣れきっている。

それが今や、イメージは崩れ、脱落の危機まで迫っている。

エヴァはソファにもたれ、水をひと口飲んだ。

もう堪えたの?

笑わせないで。本番はこれからよ。

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