第56章 彼はうるさいと思わないが、彼女はもううんざりした

七海は立ち上がり、床に転がる男を、まるで死体でも見るように見下ろした。

立ち去ろうとして――ふと、足が止まる。

踵を返そうとした瞬間、空気に混じる匂いが鼻を掠めた。ごく淡い。だが七海の嗅覚は鋭い。すぐに正体を掴む。

昏睡薬。

――おかしい。

それだけじゃない。なにか、特別に細工された“混ぜ物”がある。

身体の奥が、じわりと熱を帯びていく。狙って調合された薬だ。そう確信できるほど、はっきりと。

七海は部屋をぐるりと見渡し、視線を棚の片隅へ留めた。目立たない箱。

歩み寄り、蓋を開ける。

中には丸い球状のものが鎮座していた。箱を持ち上げた途端、濃厚な匂いがむわっと鼻腔を襲う。

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