第一章
クリスマスイブ 。港市に舞う雪は、どこか気怠げだった。
和沢家の別荘では、使用人たちが最後の金色の星をクリスマスツリーに飾り付けようと、慎重に作業を進めている。
「奥様、旦那様がこの手作りのプレゼントをご覧になったら、きっと狂喜なさいますわ」
お手伝いの山田さんは、羨望の眼差しを私に向けた。
「この港市で知らぬ者はおりませんもの。竹安さんと和沢様が、奥様を目に入れても痛くないほど溺愛されていることは」
私は手の中にある、精巧なダークブルーのベルベットケースを愛おしげに撫でた。中には三ヶ月かけてようやく競り落としたアンティーク時計、そして一枚の妊娠検査報告書が眠っている。
子供の父親である彼に、最高のサプライズを用意するつもりだった。
赤ちゃんは順調で、すくすくと育っていると。もうすぐ私たちに会いに来てくれるわよ、と。
ブブ、とスマホが震え、SNSの通知が画面を埋め尽くす。
『ゆる子姉さん、メリクリ! 今日もお義兄さんに愛されまくりだね!』
私は口元を綻ばせ、「あなたもね」と短く返信すると、車のキーを掴んだ。誰にも告げず、会員制クラブ『繁花』へと車を走らせる。
竹安言は今夜、接待があるから帰りは遅くなると言っていた。
けれど、私は待ちきれなかったのだ。私たちの結晶が今どんな姿か、一刻も早く彼に見せたくてたまらなかった。
クラブ最上階のVIPテラスは、身を切るような寒風が吹き荒れている。
コートをきつく合わせ、角を曲がった瞬間――私の足は、まるで釘で打ち付けられたかのように動かなくなった。
仄暗いブラケットライトの下。私が三年間愛し抜いた男が、一人の女を手すりに押し付けていた。
彼の長い指が女の髪を梳き、貪るように唇を重ねている。その仕草は、私に対するそれよりも遥かに情熱的で、愛おしさに溢れていた。
女がわずかに横を向く。灯りに照らされたその顔を見て、私は息を呑んだ――和沢雨子。
母を死に追いやった浮気相手、紀ノ川蘭の娘。私の、腹違いの妹!
全身の血が逆流し、握りしめたベルベットケースが焼け付くように熱い。
怒鳴り込もうと足を踏み出したその時、個室のドアが開き、竹安言の幼馴染たちが姿を現した。彼らは紫煙を燻らせながら、目の前の光景を見ても眉一つ動かさない。
「おや、竹安様。相変わらず手が早いですな」
幼馴染の豊田は煙の輪を吐き出すと、艶めかしい視線を二人に絡ませた。
「和沢様が紀ノ川蘭を屋敷に入れたかと思えば、お前は和沢雨子を囲い込むとはね。和沢家の美しい母娘を、舅と婿で仲良く分け合うたぁ。この両手に花、俺たちからすりゃ羨ましい限りだよ」
和沢雨子は恥じらうように竹安言の胸に顔を埋め、身じろぎもしない。
竹安言は彼女を突き放すどころか、甘やかに微笑んだ。私が一度も聞いたことのないような、優しい声で。
「雨子は海外で苦労したんだ。俺が存分に可愛がってやるのは当然だろう」
別の男が感嘆の声を漏らす。
「お前、本気ですげぇよ。こないだ和沢ゆる子のやつ、お前のキスで腰抜かしてトロトロになってたぞ。どうりで、あっさり孕ませられるわけだ。責任なんか取る気もないくせに」
「全くだ、竹安言は大したタマだよ」
また別の男が声を潜める。その口調には、嘲りと愉悦が滲んでいた。
「雨子のために和沢グループの資産を取り返すって、よくもまあそんなシナリオ描けたもんだ」
「誰が想像できる? 去年、港市を騒がせたあの『世紀の結婚式』が、和沢ゆる子とかいうお花畑女との偽装結婚だったなんてな」
「和沢ゆる子は私生児を一番軽蔑してたはずなのに、自分のガキも隠し子になる運命とはね」
その言葉は、空を覆う雪よりも冷たく、瞬時に私の心臓を凍てつかせた。
偽装、結婚?
私はプレゼントを死に物狂いで握りしめたまま、立ち尽くす。全身が氷のように冷たかった。
どういう……こと?
