第74章 彼女が愛したもの

清水若菜はどうしようもなく、ひとまずスーツケースの取っ手から手を離した。

「何を勘違いしてるの? 家出じゃないよ。ちょっと用事で遠出するだけ」

名取賢次は緩むどころか、かえって肩を強ばらせる。

「どこへ?」

「先生と一緒に深山村へ行くの。あそこは地域特有の病気があって、先生の研究テーマとすごく関係が深いし、私が担当してるプロジェクトにも役に立つ。無料診療をしながら、臨床データと病理サンプルも集める予定」

清水若菜は要点だけ、簡潔に説明した。

名取賢次はそれを聞いた瞬間、眉間に皺を寄せた。

「遠いのか?」

「かなり。東南部」

「東南部って……山の中だろ。道も悪いはずだ。どうし...

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