第2章
姉の視線が、私に向けられる。私と瓜二つのその顔には、完璧な笑みが張り付いていた。黒のオートクチュールドレスを身に纏い、ダイヤモンドのピアスが照明を浴びて冷たい光を放っている。その全身からは、私が決して手の届かないであろう優雅な気品が漂っていた。
「澪、久しぶりね」
神崎凛はそっと私を抱きしめ、ふわりと香水の匂いが私の周りを漂う。
「元気? 少しやつれたように見えるわ」
私はかろうじて笑みを絞り出す。
「元気だよ、お姉ちゃん。新作ドラマの大ヒット、おめでとう」
「あら、仕事のことよ」
彼女は謙遜するように手を振ると、隣に立つ藤原圭志に視線を移した。
「圭志君、もっと澪の体調を気遣ってあげて」
藤原圭志の視線は終始、神崎凛を追いかけていた。まるで彼女がこのパーティ会場で唯一の光源であるかのように。彼は低く応える。
「凛、君は本当に優しいな。こんな状況でも、これほど寛容でいられるなんて」
パーティ会場の客たちが、時折こちらに好奇の視線を投げてくる。
彼らの囁き声が聞こえる。私が姉の婚約者を奪った、唾棄すべき女だと思われているのだ。
その視線に気づいたのか、神崎凛は私の肩をそっと抱き、藤原に説明するように言った。
「妹はあなたのことが好きすぎたのかもしれないわ。嫉妬で我を忘れてしまったのね。気持ちは分かるわ」
息が詰まるような感覚に襲われ、何かを弁解しようにも言葉が出てこない。不意に、藤原圭志が私の手首を掴んだ。骨が軋むほどの強い力だ。彼は私を隅へと引きずっていくと、低く冷たい声で言った。
「姉さんの寛大さを見ろ。それに比べてお前は、薬を盛って人を使って俺たちの写真を撮らせ、俺と凛を別れさせた。満足か?」
「してない……そんなこと、一度もしてない!」
私は恐怖で震える声で、蒼白な顔のまま否定した。
藤原圭志の眼差しは冷え切っている。
「もういい。凛の顔を立てていなければ、お前をこの家の敷居を跨がせることすらなかった」
彼は背を向けて去っていき、私は一人、逃げ場のない囚人のように隅に取り残された。
パーティが終わる頃、神崎凛は夫である著名な映画監督に迎えられて帰って行った。
彼女が優雅に皆に別れを告げるその瞬間、すべての視線が彼女一人に集まる。藤原圭志はフランス窓の前に立ち、走り去る車を黙って見つめていた。その表情は暗く、拳は指の関節が白くなるほど固く握り締められていた。
青松庭園マンションに戻ったのは、もう深夜だった。私は疲れ果てた体でバスルームに入り、温かいシャワーで今日の屈辱を洗い流そうとした。
突然、バスルームのドアが乱暴に開け放たれ、藤原圭志が千鳥足で転がり込んできた。酒の匂いがぷんと鼻をつく。
「圭志君?」
私は慌ててバスタオルを掴み、体を隠した。
彼は答えず、ただ乱暴に私をバスルームから引きずり出す。その瞳は虚ろで、冷え切っていた。
私はもがいたが、彼の力は私のそれを遥かに上回っていた。
「凛……」
彼は低く呟きながら、私をベッドに突き倒した。
その苦痛に満ちた夜、彼は何度も何度も姉の名前を呼んだ。まるで私が、哀れな代用品でしかないかのように。
彼の指が私の首を締め付け、力がどんどん強まっていくのを感じた時、私は死の訪れをはっきりと実感した。
「圭志……」
私は窒息の縁で喘いだ。
「死んじゃう、私、本当に死んじゃう……」
彼の瞳に、ふと一瞬だけ理性の光が戻った。指の力が緩む。
「さっさと死ねばいい」
藤原圭志は冷たくそう言い放つと、背を向けて去って行った。
それからの日々、藤原圭志が青松庭園マンションに来ることは二度となかった。彼が送ってくるのはアシスタントが届けに来る生活必需品だけで、それ以外の連絡は一切ない。
私はフランス窓の前に座り、東京の夜景を眺めながら胸を痛めていた。彼に電話して行き先を尋ねる勇気もなく、ただベッドサイドテーブルに置かれた彼の写真をそっと拭うことしかできなかった。
帰国した神崎凛の影響は、至る所に及んでいた。彼女が主演した新作ドラマは大ヒットし、広告ポスターが東京のあちこちに貼られ、地下鉄の駅やビルの電子掲示板は彼女の顔で埋め尽くされている。カフェでアルバイトをしていると、客たちが頻繁に私を指差し、人気女優の神崎凛と瓜二つであることに驚きの声を上げた。
「本当に神崎凛にそっくりだね。まあ、彼女の方がずっと綺麗だけど」
ある客は、そうあからさまに評価した。
余計な面倒を避けるため、外出する時はいつもマスクと帽子で顔を隠すようになった。
時々思う。もし私たちがこんなに似ていなかったら、すべては違っていたのだろうか、と。
ある日、突然強烈な吐き気に襲われ、バスルームに駆け込んで嘔吐が止まらなくなった。
その感覚が数日続いた後、私は近所のドラッグストアで妊娠検査薬を購入した。
家に戻り、不安な気持ちで結果を待つ。
はっきりと浮かび上がった二本の線を見た時、私の心は言葉にできないほど複雑だった。自分のお腹を撫でながら、喜ぶべきなのか、恐れるべきなのか分からない。この小さな命は、私に何をもたらすのだろう。藤原圭志に伝えるべきだろうか。彼は、気にかけてくれるだろうか。
翌日、私は東都大学病院を訪れ、自分の病状と妊娠について医師に相談した。
「神崎さん、現在の病状の進行具合からすると、残された時間はあと一年ほどでしょう」
医師の声は重い。
「ご自身の健康を考えれば、より積極的な治療を受けるためにも、妊娠の継続は断念されることを強くお勧めします」
私は首を横に振り、きっぱりと言った。
「いいえ、この子を産みます」
「しかし、それでは病状の進行を早めることになります。あなたは……」
「この子が大きくなるのを見られないと分かっていても、この世界に産んであげたいんです」
私は、これほど強く決意したことはなかった。
病院を出ると、春の日差しが優しく私の顔を照らしていた。
私は青空を見上げ、久しぶりに心からの笑みを浮かべた。この子は、私の人生で唯一、本当に私だけの贈り物なのかもしれない。
