第86章

続けざまに、車のドアが乱暴に引き開けられた。別の男が、エーテルをたっぷり染み込ませた粗い布を手にして、背後から松本彩世の口と鼻をがっちり塞ぐ。

鼻を突く薬品臭が、一気に喉の奥まで流れ込んだ。

松本彩世は必死に身をよじり、男の腕に爪を立てる。バッグの中の護身スプレーに指を伸ばそうとした――が。

効き目が早すぎた。ほんの数秒で視界がぐにゃりと歪み、抵抗の力がみるみる抜けていく。やがて、闇がすべてを塗りつぶした。

どれほど時間が経ったのか。

氷みたいに冷たい海水が顔を叩き、松本彩世はゴホッ、とむせ返って深い昏睡から引きずり戻された。

目を開く。闇の中で、ぼやけた輪郭が少しずつ焦点を結ぶ...

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