第87章

医師が去ると、病室はふたたび静けさを取り戻した。

松本彩世は柔らかなクッションに身を預け、水を半分ほど飲む。

ふと何かを思い出したように、手が無意識に下腹へ伸びた。

そこは空っぽで――体の中から大事な欠片が抜け落ちたみたいに、ひどく心許ない。

彩世は顔を上げ、立花千時を見た。冷えた瞳の奥に、かすかな震えが混じる。

「……私の子は……」

立花千時は、紙のように白い彼女の顔を見つめ、目の底に深い痛みを走らせた。

彼はコップを置き、声をできる限り低く、けれど変えようのない現実をそのまま告げる。

「すまない。落水していた時間が長すぎた。海水も冷たくて、君の体はひどく傷ついた」

立花...

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