第94章

立花千時は一歩進み、彼女の目の前――ほんの一歩ぶんの距離で足を止めた。うっすら赤い目元を見つめ、静かに息を吐く。

「彩世、言っただろ。返さなくていい」

低く、やわらかな声。人の心を撫でるような落ち着きがあった。

「この屋敷は普段、俺ひとりだ。……静かすぎてな。花は、俺の代わりに少しだけ生気を増やしてくれればそれでいい。君はここで安心して暮らして、身体をちゃんと戻せ」

重い話題をそれ以上引きずらず、千時は自然に話を切り替える。口元に、どこか秘密めいた笑みが浮かんだ。

「今日は天気がいい。いつまでも過去に沈んでるな」

千時は彼女を見て言う。

「サプライズを用意した」

松本彩世は小...

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