第2章
翌朝早く、使用人が婚儀の進行表を届けてきた。
三つの婚礼が、同じ一枚の羊皮紙に並べて印刷されている。狼人族が中央、吸血鬼が左、エルフが右。末尾には流麗な飾り文字でこう記されていた。主婚人——セリアワイトモア。
一瞥して、私はそれを置いた。
式の準備は自分でやるしかない。評議会がエルフの家に回す予算はいつも最下位だと聞く。まともな花嫁衣装すら用意できず、前の花嫁は普段着のまま誓いを立てたらしい。
けれど、私は気にしない。
夕方、執事が告げに来た。セラス セレンが下で待っている、と。
階段を下りると、彼はホールの中央に立っていた。生まれ変わってから、こうして顔をはっきり見るのは初めてだ。火の揺らめきに照らされていない素顔。
肌は白く、透けるほど。切れ長の目に、深い淵のような碧の瞳。右目尻の泣きぼくろが、冷ややかな面差しに妖しさを添えている。墨緑の長衣、襟元には銀の蔓模様の刺繍。
腕には細長い箱を抱えていた。
「エララ小姐」
軽く身をかがめ、真摯な声音で言う。
「私を選んでくださり、心から感謝します」
「エルフ族でいちばんの刺繍師に、夜通し仕立てさせました。気に入らないところがあれば、どうか遠慮なく」
箱が開く。
深緑のトレーン付きのヴェールドレスが、静かに収まっていた。胸元には鱗が一枚一枚はめ込まれ、幽かな光がその間を流れていく。まるで、生きているみたいに。
月鱗。ひとひらごとに、祖先の祝福が宿る。
「ありがとう。とても気に入ったわ」
扉が開いた。
セリアがマックスの腕に絡みつき、ずかずかと入ってくる。マックスは甘やかしきった顔で、視線は彼女の頬に張りついたまま離れない。
セリアは箱の中のドレスを一瞥し、鼻で笑った。
「お姉さま、選べるのはその一着だけ? マックスは私に十着も用意してくれたのよ。どれも火钻と銀月石つき」
セラスが箱を支える指の関節を、きゅっと固くした。
「エルフ族として、エララ小姐に不自由をおかけしました」
声の調子は崩さないまま、彼は続ける。
「ですが、必ずお約束します。この先の生で、あなたを決して裏切りません」
「耳ざわりのいいことなら、誰でも言えるわ」
セリアが冷たく笑う。
「裁決者の継承者を産めなかったときに、もう一度言ってみなさい」
私はセラスの腕にそっと手を回した。
布越しでもわかる。彼の前腕が、かすかにこわばった。
「妹よ」
振り返って、私は穏やかに言う。
「そのうち、あなたが私のあとに身籠っても知らないわよ」
セリアの顔色が一瞬だけ変わった。
だがすぐ、顎を上げる。
「私が一番に妊娠するに決まってる! 裁決者の座はぜったい私のものよ!」
「自分の式のことを考えたら?」
私は背を向ける。
「知らない人が聞いたら、また私の婚約者に目がいったのかと思うわ」
背後で、セリアがマックスに甘え声を出しているのが聞こえた。今すぐ妊娠するとか、狼人族に最高の後継ぎを産むとか。
私は振り返らなかった。愚かな妹。二度目の人生でも、頭の中は「子どもさえいれば地位が上がる」それだけ。
廊下に残ったのは、私とセラスの足音だけだった。
彼は歩調を落とし、横目で私を見る。月明かりが柱の間からこぼれ、銀色の睫毛に淡く降りた。
「エララ小姐。あなたが仕方なく私を選んだことは、わかっています」
声を低く落とす。
「ですが、できる限りのことをします。あなたに、少しの不自由もさせない」
返事をしようと身を翻した、その勢いが強すぎて——私は彼の胸にぶつかった。
奇妙な冷たい香り。
雪松に、名も知らぬ植物が混じる。濃くはない。厳冬の月光みたいな匂いだった。
顔を上げ、彼の目をまっすぐ見据える。
「セラス」
一語ずつ、私は告げた。
「忘れないで。あなたを選んだのは、私よ」
彼が固まった。
耳の先が、うっすらと桃色に染まっていくのが見える。先端から、ゆっくり下へ。
「それと、エララでいいわ」
「そんなに他人行儀にしないで」
「……はい」
桃色は耳元まで広がった。隠すみたいに彼は顔を背けるが、箱を握る指はさらに強くなり、関節が白い。無自覚に、少し緊張している。
「エララ」
