第8章 彼の妻の身には他の男の匂いがする

男は彼女を見ていない。ガラス越しに遠い花火を眺めたまま、薄い唇がわずかに動いた。

「見ろ。鳳凰が――涅槃する」

その声に引かれ、立花結月は息をのむ。上空へ舞い上がった無数のドローンが、ひとつの巨大な鳳凰を描き出していく。

翼を広げ、燃え盛る炎を突き抜け、雲を裂いて天へ――。

胸の奥を鷲掴みにされるような衝撃。言葉にしようとしても、どこにも形が見つからない。

結月は、十代の夜へ引き戻された。

藤井修也が手を引き、スラム街の細い路地を駆け抜けた。息を切らしながら、向こう側の眩い中心街を見上げる。金持ちたちが上げる、眩しすぎるほどの花火。

あの頃の修也は痩せていて、少年の眉は勢いよく...

ログインして続きを読む