第6章

妃那視点:

祈葉が簡単に私に罪を着せようって言うなら、まずはそれだけの腕前があるかどうか、見せてもらおうじゃない。

そう言い切った途端、その場の空気が一瞬すうっと冷えた。

意味を飲み込んだ一郎が、ソファの上で肩を上下させながら怒鳴る。

「死んでも悔い改めんか! なんでこんな娘が生まれてきたんだ!」

恵麗も、失望を隠そうともしない目で私を見た。

「妃那、あなた、本当にどうしちゃったの。ここ数年で、どうしてそんなふうに歪んでしまったの?」

――そうね。

こっちも聞いてみたい。どうしてあなたたちが、こんなふうになってしまったのかって。

実の娘は、この私のはずなのに。

祈葉に負い目があって、彼女を甘やかすのは構わない。

でも、どうして私には、信頼も、関心も、一かけらも残してくれないの?

金彦も、まさか私がここまでやるとは思っていなかったらしい。眉間に皺を寄せた。

「妃那、警察にまで通報する必要はないだろ。ただ謝ればいい話だ。悪いことをしたんなら、謝るべきだ」

その口ぶりからして、彼の中では「私が金を渡して祈葉を轢かせた」という前提で、もう話は固まっている。

今さら問い詰める気にもならない。

どうして信じてくれないのか、どうして心変わりしたのか、どうして祈葉ばかり庇うのか。

時々思う。祈葉は悪意に満ちた魔女で、きっとあの人たちに妙な魔法の薬でも飲ませたんだ。だから、こんな別人みたいな顔になる。

「それはお前が自分で言い出したことだぞ!」一郎がまた口を挟んだ。

まだ怒りが収まらないのか、刺々しい声で私を脅してくる。

「逮捕されても、保釈なんかしてやらんからな!」

「いりません」私は淡々と答え、ちらりと祈葉に目をやる。「どうせ、実際に捕まるのは祈葉かもしれませんし」

恵麗が忌々しそうに舌打ちした。

「いい加減なこと言わないで! お姉ちゃんも、あんたみたいに悪どい子だと思ってるの?」

胸の奥で、細かい刺がびっしりと刺さるような痛みが走る。

それを押し殺し、どうでもいいと言わんばかりに肩をすくめて、私は電話をかけた。

一時間後。私はまた警察署のロビーに座っていた。

一通り事情を説明し終えると、その場にいた警官たちは、一様に何とも言えない顔になった。

彼らは私を見、それから隣の祈葉たちを見て、表情を何度も変える。

「君は自分が容疑者だと言ったな」警備隊の責任者らしき男が確認する。「で、その容疑者本人が通報したと?」

私はこくりと頷いた。

「はい」

「面白いな」隊長は腕を組んでしばらく私を観察し、それから他の警官に指示を飛ばした。

「詳しく事情を聞け」

私たちはそれぞれ別々の取調室に通された。

私を担当したのは、若い女性警官だった。

ひと通り経緯を聞き終えたあと、彼女はなんと紙コップに水を入れて差し出してきた。

私は意外そうに彼女を見た。

彼女は平然とした調子で言う。

「ちょっと、同情しちゃったから」

「……」私は少し黙り、それから尋ねた。「どうして?」

彼女は少し迷ってから聞いてきた。

「あなた、本当にあの人たちの実の娘なの?」

「……」

認めたくないけれど、紛れもない事実だ。

女警官はさらに我慢できないといったふうに口を開いた。

「もう一つだけ。あの、別の女の人に付きっきりで気を遣ってた男、あれ、本当にあなたの彼氏?」

「元・彼氏ですよ」私は答えた。

彼女は眉を上げて、あからさまにほっとした顔をした。

私は苦笑いを浮かべる。

女警官も私の感情に気づいたのか、慰めるように続けた。

「男なんて星の数ほどいるわよ。あんなの、こっちから願い下げでいいの。さ、出ましょう。もうそろそろ運転手の取り調べも終わってるはず」

運転手が「妃那に金で雇われた」と証言したせいで、この事件の真相を知るには、運転手への再聴取が不可欠だった。

私と女警官が取調室を出ると、案の定、結果が出ていた。

運転手は、買収されたことを認めた。

ただし、金を渡したのは私ではない。祈葉が所属している舞団の、ある女性ダンサーだった。

そのダンサーは、ずっと祈葉の代役を務めていて、最近は海外公演の枠を巡って、祈葉と激しく競い合っていたという。

そこで彼女は祈葉に事故を起こさせ、チャンスを横取りしようと考えたわけだ。

そしてその女ダンサーは、どこから仕入れたのか、私と祈葉の仲が悪いと聞きつけていた。

だから運転手に、「捕まったら妃那に雇われたと言え」と指示したのだ。

運転手の証言が本当かどうか確かめるため、警察はわざわざその女ダンサーを署に呼び出して、事情聴取を行った。

動かぬ証拠を突きつけられ、ダンサーはあっさりと自白した。

こうして真相は白日のもとにさらされた。

ダンサーは自分のしたことを悔い、取調室から出るなり、その場で祈葉に土下座して謝罪した。

祈葉は、外の人間にはいつだって「美しくて心優しい女神様」だ。

一時の気の迷いで過ちを犯したダンサーを前に、彼女は殊勝にもこう言ってみせる。

「私の怪我は大したことありませんし、私たちは長年一緒にお仕事をしてきた仲間ですもの。今回のことは水に流します。ただ……二度と同じことをしないでくださいね」

ダンサーは涙を流して感謝し、何度も頭を打ちつけるように下げた。

私は横で見ていて、笑い出したい衝動を必死に堪えた。

祈葉、本当にたいしたものだ。自作自演の腕前は、ますます磨きがかかっている。

違法行為でさえ、平然と身代わりを用意するのだから。

事件は解決し、必要な書類にサインをさせられたあと、私たちは解放された。

署を出ると、私以外の全員が、なんとも形容しがたい顔をしていた。

どういうわけか、その引きつった表情を見ると、可笑しくて仕方がない。思わず吹き出してしまった。

一郎が即座に怒鳴る。

「何がおかしいんだ! お前が日頃祈葉をいじめて、関係がこじれてるからこそ、他人に罪を擦りつけられるんだぞ!」

私はさらに声を上げて笑った。

「へえ、罪を擦りつけた本人を責めるんじゃなくて、被害者の私を責めるんだ? その理屈なら、まず祈葉を説教するべきでしょう」

一郎は眉をひそめ、心底理解できないといった顔で言う。

「なんで俺が祈葉を叱らなきゃならん」

「日頃から人間関係をちゃんと築けていれば、誰かに“殺し屋”まで雇われるほど恨まれたりしなかったんじゃない?」

「お前な!」一郎は言い返す言葉も浮かばないらしく、支離滅裂になって叫んだ。「屁理屈を言うな! 元をたどれば全部お前のせいだ!」

「はいはい。全部私が祈葉を巻き込んだせいですよね」私はあっさりと受け流し、口元だけで笑う。「じゃあ、これ以上祈葉を私に巻き込まれたくないなら、しっかり見張っておいてください。外なんかに出さないで。――見張りを怠って、うっかり私が彼女を殺しちゃったら、大変ですからね?」

一郎はまたもや頭に血が上ったらしく、手を振り上げて殴りかかってきた。

幸い、今回は最初から警戒していた私は、さっと二歩下がってその平手打ちをかわす。

逆に一郎の方が、怒りで足元をふらつかせ、危うく倒れかけた。

恵麗が慌てて支え、眉をひそめて私を責める。

「妃那、私たちを怒り死にさせるつもり?」

「妃那」祈葉が唇を噛んで、いかにも悲しげな声を出した。

「パパとママは何を言っても、全部あなたのためを思ってなのよ。それを理解できないならまだしも、どうしてわざと怒らせるようなことをするの? そんなことをして、二人がどれほど傷つくか、分からないの?」

「やっぱり祈葉は優しいな」

たった二、三言で、一郎の機嫌はころりと直る。それでも私のことを思い出した途端、再び声を荒げた。

「お前も姉さんを見習え! 一日中まともな口のきき方も知らん! あんな娘を持ったなんて、俺は恥ずかしくてたまらん!」

これ以上相手をするのも馬鹿らしくて、私は黙って踵を返した。

それを見て一郎は、背中越しに「礼儀がない」「教養がない」と大声で罵ってくる。

そんな中、恵麗が私を呼び止めた。

「妃那、金彦との婚約パーティーまで、もう一ヶ月切ってるのよ。この間は家に戻って来てなさい」

私は冗談を聞いたみたいに、祈葉を抱き寄せている金彦を指差した。

「あんなに仲睦まじい二人なのに、私が金彦と婚約なんて、どう考えても不適切でしょ。だって――私と金彦、それに恥知らずなクズの三人で、婚礼のベッドに寝ることになるんじゃ、ちょっと狭すぎるでしょう?」

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