婚約破棄後、私はヤクザの組長と結婚した

婚約破棄後、私はヤクザの組長と結婚した

やもり · 連載中 · 469.2k 文字

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紹介

裏切りと陰謀が渦巻く世界で、妃那(えな)は突然の誘拐事件に巻き込まれる。
救いの手を差し伸べたのは謎めいた男・葉夜(かなや)だったが、彼の真意は読めない。
一方、妃那の宿敵であり自信家の祈葉(いのか)は、自らの美貌と魅力を武器に黒社会の頂点を目指すが、
思いもよらぬ残酷な試練に追い込まれていく。
誤解と嫉妬、愛と憎しみが絡み合い、
それぞれの思惑がやがて一つの危険な運命へと収束していく――。

チャプター 1

妃那視点:

ビーチは人であふれ、ざわざわとした熱気に包まれていた。

金彦が、そんな喧噪のまっただ中で、私の目の前に片膝をつく。

プロポーズの姿勢のまま、まっすぐこっちを見上げている。

周りでは、友人たちが口々に歓声を上げていた。

「やっとだな。妃那と金彦、付き合って五年目にして、ついにこの日が来たか!」

「両家の結婚話なんてとっくに決まってんだし、プロポーズなんて儀式みたいなもんだろ。妃那が断るわけないって」

「だよなあ。妃那がどれだけ金彦にベタ惚れか、知らない奴なんていないし。今日のプロポーズ、心の中じゃ嬉しさでぶっ倒れそうになってるはずだぜ!」

「ほら、早くオーケーしろよ! 返事! 返事! 返事!」

「……」

四方八方から飛んでくる冷やかしに、顔が一気に熱くなる。

確かに、私はこの日をずっと待っていた。

もうこれ以上、変に澄ましてる必要なんてない。

私は喜びを隠さず、金彦へと右手を差し出した。

指を少し曲げて、そこへ指輪をはめてほしいと、黙って促す。

「あなたのプロポーズ、受けるわ」

彼を見つめたまま口を開く。

「これからは、ちゃんと私を大事にして。怒らせないこと、悲しませないこと、それから――」

最後まで言い終わる前に、甲高い着信音が、空気を裂くみたいに割り込んできた。

耳慣れた、独特の着信音。

私は思わず唇をきゅっと結ぶ。

分かってる。祈葉だ。

金彦がポケットからスマホを取り出す。

画面には、思ったとおりの名前が表示されていた。

その瞬間、彼の顔から余裕の色が消え、代わりに露骨な心配が浮かぶ。

慌てたように指が通話ボタンへ伸びた。

「金彦」

私はその手を押さえ、首を横に振る。

「今は、すごく大事な時なの。お願い、彼女からの電話、出ないで」

金彦は眉間に皺を寄せた。

「妃那、祈葉は体が弱いんだぞ。お前だって知ってるだろ? あいつは気の利く、いい子なんだ。用もないのに、俺の邪魔なんかするわけない。そんな祈葉が電話してくるってことは、何かあったに決まってる。頼むから、駄々をこねないでくれ」

一気に、頭の中で血が沸騰する音がした。

「あなたは私の彼氏でしょ! 祈葉のじゃない!」

気づけば、声が震えていた。

「普段なら我慢する。でも今日は、私にプロポーズしてる最中なのよ! また私を置いて、彼女のところに行く気なの?」

「妃那、どうしてそこまで物分かりが悪いんだ?」

金彦は冷たく言い放ち、私の手を振り払う。

そのまま、突き刺すような視線を向けてきた。

「忘れるな。祈葉があんな体になったのは、お前のせいなんだぞ。今俺は、お前の代わりに償ってるんだ」

そう言い捨てて、彼は少し離れた場所へ足早に移動した。

さっきまで私に向けていた冷ややかな表情は、電話が繋がると同時に、嘘みたいに柔らかく崩れていく。

「祈葉、どうした?」

すっかりトーンを落とした優しい声。

『金彦……うっ……車に轢かれちゃって……どうしたらいいか分からないの……私……死んじゃうのかな……』

静まり返ったビーチに、祈葉の心細い泣き声が、はっきりと響き渡る。

金彦は慌てふためいたように声を張り上げた。

「すぐ行く! なあ、泣くなよ。怖がらなくていい、俺がついてる。絶対に大丈夫だから!」

彼は慌ただしく通話を切ると、私には一言の説明もなく、くるりと踵を返した。

あまりにも急いでいたせいで、私に贈るはずだった婚約指輪が、ポロリと地面に落ちたことにも気づかない。

私は、その指輪が彼の足元へと転がり、更にその足に無造作に蹴り飛ばされるのを、呆然と見つめていた。

胸の奥が、チクリと痛む。

まるで、蹴り飛ばされたのが私自身みたいで。

人混みの外へ出ようとする彼の背中が、小さくなっていく。

もう堪えられなかった。

「金彦! 待ちなさい!」

彼はあからさまに不機嫌な顔で、横目だけこちらに向ける。

「妃那、いい加減にしろよ!」

「いい加減にしなきゃいけないのは、そっちでしょ!」

私は歯を食いしばり、喉が張り裂けそうなほどの声で叫んだ。

「私は、あなたが祈葉のところに行くの、絶対に許さない!」

冷ややかな眼差しが、真っ直ぐ私を射抜く。

しばらく黙り込んでから、彼は薄い唇を開いた。

「妃那、祈葉は交通事故に遭ったんだ。いつ死ぬか分からない状況かもしれない。それなのに、お前はまだ焼きもちを焼いてるのか? 祈葉はお前の家族でもあるんだぞ。どうして、そこまで冷たいことが言える?」

私が冷たい? 私が、酷い?

ただ、彼を行かせたくないだけなのに。

その気持ちを「残酷」だなんて、ずいぶん簡単に言ってくれる。

胸の痛みは、一層激しくなった。

私は拳を握りしめる。

「今日、どうしても行くつもりなのね?」

「お前の癇癪に付き合ってる暇はない」

吐き捨てるように言うと、彼は大股で歩き出した。

私は、その背中に向かって叫ぶ。

「金彦! 今日もし祈葉のところへ行くなら、私たちの関係は、これで完全に終わりだから!」

金彦が口を開く前に、彼の親友である大地が笑いながら割り込んできた。

「妃那、その冗談はねえだろ。お前がどれだけ金彦を好きか、みんな知ってるんだぞ? 金彦なしじゃ生きていけないくせに。引き止めたいからって、そんなバカな嘘つくなんて、笑わせんなよ!」

「ハハッ、ほんとそれ」別の友人が下品に笑う。

「何年も金彦の後ろを追い回して、まるで犬みたいだったよな。飼い主が犬を捨てる話はよく聞くけどさ、犬が飼い主を捨てる話なんて、聞いたことねえよ!」

「そうそう。金彦だって言ってたじゃん。『あいつは俺が飼ってる犬より懐いてるから、絶対離れない』ってさ。別れるわけないって!」

あまりにも品のない言葉に、さすがの金彦も顔をしかめ、彼らを制した。

「おい、その辺にしとけ」

そして、私の方を向き、なだめるように言う。

「怒ってるからって、変なこと言うなよ、妃那。全部、俺が戻ってきてから話そう」

「私が犬より懐いてる、って言ったの?」

自分でも驚くほど低い声が喉から漏れる。

「あなたの目には、私って、あなたから離れられない犬にしか見えてないの?」

金彦は、うんざりしたように眉を寄せた。

「友達の冗談を、真に受けるなよ」

「あれが冗談? あれは、侮辱よ」

「お前が神経質すぎるんだ!」

金彦は声を荒らげた。

「冗談をいちいち本気にしてどうする。いつまでもお前に構ってる時間はないんだ、祈葉が待ってる。俺は――」

「行ったら、本当に別れる。さっき言ったの、冗談じゃないから」

繰り返して告げた私の言葉に、金彦もとうとう堪忍袋の緒が切れた。

「勝手にしろ!」

吐き捨てるように怒鳴る。

「祈葉に嫉妬するのもいい加減にしろよ! 少しは頭冷やして、自分の言動を反省しろ!」

冷ややかな言葉を残し、彼は人混みをかき分けて去っていった。

その様子を見ていた周囲の人たちも、「祈葉のお見舞いに行かなきゃ」と口々に言いながら、ぞろぞろと散っていく。

ほんの数分前まで人でごった返していたビーチには、私ひとりだけが取り残された。

足元の砂浜には、紙皿や空き缶が散乱している。

私はその惨めな光景を見やりながら、唇の端を自嘲気味に持ち上げた。

まただ。

私と祈葉が天秤にかけられるたびに、私の彼氏は、決まって祈葉を選ぶ。

いや、彼氏に限った話じゃない。

私の周りの人間は、全員そうだ。

彼らの目に映る祈葉は、美しくて心優しい女神。

対して私は、冷たくて恩知らずな悪女。

ただ、祈葉の父親が私を庇って亡くなった――それだけの理由で、私は彼女に命の借りがある女にされてしまった。

だから私は、彼女に感謝しなければならない。

両親を譲り、彼氏も譲り、彼女が欲しいと言うものは何でも差し出す。

それが当たり前だと、みんなが言う。

「それはお前が祈葉に負っている借りだ」と。

だから私は、拒めない。

意見も言えない。

そうしなければ、すぐに「物分かりが悪い」「恩知らず」と烙印を押される。

力なく、長い息を吐いた。

いっそ、あのとき死んでしまっていればよかったのかもしれない――そんな考えが頭をよぎる。

そのとき、ポン、と無機質な通知音が鳴った。

スマホにメッセージが届いたのだ。

『見た? 私がちょっと手招きするだけで、金彦はいつでもあなたを捨てて私のところに来るの。妃那、あなたは永遠に私には勝てない』

祈葉からだ。

彼女が金彦を好きなことは、とうの昔に知っている。

こうやって私にマウントを取ってくるのも、一度や二度じゃない。

返信する気にもなれなかった。

私が使い古したゴミを、そこまで欲しがるなら――くれてやればいい。

どうせ今夜を境に、私は本気で金彦を捨てると決めたのだから。

夜の海辺は、さっきまでの熱気が嘘のように静かで、吹き抜ける風が少し肌寒い。

私は両腕をさすりながら、砂浜を後にしようとした。

プロポーズは無惨な終わり方をしたし、ここに居座る理由もない。

ところが、歩き出して数歩もしないうちに、妙な違和感に気づいた。

背後に、複数の足音がついてくる。

胸の奥で警戒心が跳ね上がる。

私は立ち止まり、振り返った。

ちょうど、数人の男と目が合う。

ねっとりとした下卑た視線。

獲物を見つけた狩人みたいに、ギラギラとした目。

全身の産毛が一斉に逆立つ感覚がした。

パニックになりかけた頭で、私は条件反射のように、いつもの「癖」に従ってスマホを操作していた。

金彦へ発信。

「金彦!」

早足になりながら、声を抑えて叫ぶ。

「誰かに尾けられてるの。早く助けに来て!」

受話口の向こうは、しばらくのあいだ沈黙に包まれていた。

「妃那、今夜は本当に手が離せないんだ」

ようやく返ってきた声は、うんざりしたようなトーンだった。

「いい加減、嫉妬で嘘つくのはやめてくれないか? 祈葉の具合が良くなったら、約束するよ。もう一度ちゃんとプロポーズをやり直すから」

……嘘。

私が嘘をついていると思っているんだ。

祈葉のそばから彼を引き剥がすために。

奥歯が軋むほど噛みしめながら、必死に訴える。

「本当なの! 男が五人、このビーチにいて、私――」

「妃那!」

私の言葉を遮ったのは、母・恵麗の怒鳴り声だった。

「お姉ちゃんが事故に遭ったのに、お見舞いにも来ないで、大事な日に外で遊び歩いて、その上、嘘ばっかり! あんた、いつになったら少しは分別がつくの?」

「言っとくけどね、今夜は誰もそっちには行かないわよ! もう電話してこないで!」

ガチャン、と容赦なく通話が切られる。

私は震える指で再度発信しようとスマホを操作した――

その瞬間、足元の砂浜に映る影が、ぐっと伸びてくるのが目に入った。

複数の影が、どんどん近づいてくる。

全身が強張る。

振り返ると、さっきまで少し離れた場所にいたはずの男たちが、いつの間にか背後に迫っていた。

「――!」

悲鳴を上げる間もなく、私は踵を返して走り出そうとした。

だが次の瞬間、男たちは一斉に飛びかかってきて、私の身体を砂の上へ押し倒した。

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【前世】

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けれど結婚から五年――私は家畜のように囚われ、夫とその愛人に蹂躙され続けた。息絶えようとするその瞬間、最後に目に映ったのは、私の目の前で絡み合う二人の姿だった。


【転生】

再び目を開けると、婚約が公の場で発表されたあの瞬間に戻っていた。

周防文哉が愛おしそうに私を見つめ、優しく囁く。

「俺と結婚してくれ。」

次の瞬間――若きヤクザの組長が私の腕を掴み、力強く抱き寄せた。銃口は真っ直ぐ周防文哉に向けられている。

彼が、私の代わりに答えた。

「――断る」