チャプター 8

アレクサンダーはスカーレットをソファまで支えてやった。

トレイシーは距離を取るよう言い含められていたので、病院のベッドに横になったまま、じっとスカーレットを見つめていた。

母の愛情と子の孝心――その光景に、アレクサンダーは頭が痛くなる。

スカーレットの熱が引いたのを確認すると、アレクサンダーはマイクを呼ぶこともなく、そのまま帰ることにした。

長年アレクサンダーと組んできたマイクは、説明などなくても意図がわかった。彼はそのままトレイシーの相手を続ける。

スカーレットが異変に気づいた頃には、アレクサンダーはもういなかった。

少し気まずさを覚えながら、スカーレットは尋ねた。「マイク、……追わなくていいの?」

場数を踏んだマイクは平然と答える。「大丈夫ですよ、コリンズさん。もう勤務時間外ですし、もう少しトレイシーと遊んでいます」

冗談ではない。今ここでアレクサンダーの後を追ったら、今月のボーナスが確実に飛ぶ。

アレクサンダーの沈黙は、二人の患者を置いていくなという明確な命令だった。

スカーレットはそれ以上気にしなかった。いったん頭を空っぽにしてからスマートフォンを取り出し、仕事を片づけ始める。

忙しくしていなければ、アレクサンダーのことが頭から追い出せない気がした。

モイラが不在で、しかもスカーレットは入院中。仕事は雪崩のように押し寄せ、休む暇などほとんどなかった。

メッセージアプリをスクロールすると、最新はアリア・クラーク――危うく彼女に大損害をもたらしかけた若手女優からだった。

スカーレットは眉を上げ、トークを開く。

内容は謝罪だった。

驚きはしない。アリアは相手選びの目が甘いし、身を捧げる価値があると思い込んだ男は、彼女ほど関係を重く見ていなかった。

スカーレットは所属タレントのスキャンダル処理には慣れている。

アリアの件が長引いたのは、アリアが交際を公にしたがったからだ。

噂を否定させられた挙げ句、後から事実が確定して恥をかくなど真っ平だ。そんな間抜けなことをするのは無能なマネージャーだけである。

アリアの覚悟を見て、スカーレットは法務に契約解除の合意書を作らせた。補償もすべて契約どおりに整えた。

だが、その決意が恋人を怯ませた。違約金の重さに怖気づいたのだ。

とはいえ、アリアの恋愛体質はまだ修復可能だった。

少なくとも、スカーレットの手間が無駄にならずに済んだ。

問題はアリアが抱えている広告契約だった。

不誠実な相手は既婚者で、ブランド側はイメージを気にしてアリアの差し替えを望んでいる。

スカーレットは少し考え、アリアに電話をかけた。

アリアはすぐ出た。泣き腫らしたばかりの、重たい声だった。

スカーレットは感情には触れず、用件だけを告げる。

「明日の夜は予定を空けて。パルス・ソサエティに連れていくわ。ムーアさんと食事よ。今はキャリアの正念場なんだから、これらの契約は守らないと」

アリアは鼻をすする。「はい、コリンズさん。わかりました」

切る前に、スカーレットはつい付け加えた。「真実は、遅いより早いほうがいいものよ」

そう言って通話を終えた。

スカーレットはソファに身を沈め、指でこめかみを押さえたが、すぐに目を開けてまた作業を続けた。

さすがのトレイシーも見かねて、少し離れたところから注意する。「ママ!働きすぎちゃだめ!」

翌日の夕方、スカーレットは会社の入口でアリアを拾った。

破局の痛手で、アリアは数日のうちに目に見えて痩せた。濃い化粧でも疲れは隠しきれない。

スカーレットは同情しつつも、彼女に念を押した。「気を抜かないで。今夜はあなたにとって大事なんだから」

助手席のアリアは小さくうなずいた。「分かってる」

スカーレットはそれ以上、何も言わなかった。

パルス・ソサエティはフェニックス市でも屈指の格式を誇る会員制クラブで、提供されるサービスの幅広さでも名高く、上流階級の社交の場として知られていた。

会社からパルス・ソサエティまでは車でおよそ四十分。

まだ小さくて文字入力もままならないトレイシーは、スカーレットに音声メッセージを送ってきた。スカーレットはアリアの様子を気にかけながら、それに返信する。

アリアは道中ずっと口をつぐんだままだった。

この状態は、スカーレットにはよく分かる。三年前、アレクサンダーと別れたあと、彼女も同じだった。

どれほど人生がきつくなっても、前に進まなければならない。それは誰かに教えられるものではなく、自分で身につけるしかない教訓だ。

気づけば、スカーレットが思っていたよりも早く、パルス・ソサエティに到着していた。

彼女が先に車を降り、アリアがすぐ後ろにつく。

夜気は冷え込み、熱から回復しきっていないスカーレットは、ふっと目の前が揺れた。

間一髪でアリアが支える。

罪悪感にかられたアリアが謝った。「ごめんなさい、コリンズさん」

自分が意地を張らなければ、とっくにスカーレットがこのスキャンダルを片づけていたはずだ。

スカーレットは遮った。「いい。行くわよ。上へ」

彼女が予想もしなかったことに、エレベーターでマイクと鉢合わせした。

マイクは柔らかな笑みで挨拶する。「コリンズさん」

スカーレットは一瞬だけ面食らった。マイクがここにいるなら、アレクサンダーもいるということだろうか。

彼女はすぐに表情を整え、マイクに軽くうなずいた。

二人は当たり障りのないやり取りを交わした。相変わらず勘のいいマイクは、アレクサンダーの話題には触れず、トレイシーのことを中心に話をつないだ。

それでスカーレットは少しだけ肩の力が抜けた。

会話をしているうちに、エレベーターは五階に到着する。スカーレットはマイクに別れを告げ、予約していた個室へアリアを連れていった。

去っていく二人の背中を見送りながら、マイクはふと何かを思い出す。メッセージを確認し、内容を確かめた瞬間、表情が一変した。

スカーレットの勘は当たっていた。アレクサンダーはやはりパルス・ソサエティにいたのだ。

海外で知り合った友人たちが開く歓迎会に顔を出していた。

その一人がタイラーだった。

アレクサンダーの恋沙汰にいち早く気づいたタイラーは、会の中心で注目を集めている。

アレクサンダーは静かに座り、友人たちのからかいを聞き流していた。

言い返す気力もない。どうせ彼らは信じやしないのだ。

なら、わざわざ反論する意味もない。

男たちは下世話な冗談を飛ばし合った。話題が彼に関わるとなれば、なおさらだ。

アレクサンダーは興味を示さない。

彼が乗り気でないのは誰の目にも明らかなのに、友人たちは、海外で三年も独り身だった彼が今後どうするつもりなのかが気になって仕方ないらしい。

生まれついての話し上手であるタイラーが、場を賑やかに保ち続ける。

話の途中、デイビッド・ジョーンズがアレクサンダーを見た。「で、セバスチャンの婚約者を奪うつもりか?」

アレクサンダーは手を止め、グラスに口をつけてから、淡々と言った。「スカーレットとはもう終わってる」

タイラーは吹き出しそうになった。

そこへ、マイクが入ってきた。

状況を見て、マイクは言い出しかねて足を止める。

彼をよく知るタイラーが問う。「マイク、何をためらってる?」

アレクサンダーがちらりと目を向けた。「言え」

マイクはついに口を開いた。「エレベーターでコリンズさんに会いました。彼女、所属アーティストの子と五階へ向かっていました。確認したところ、ムーア・グループのザック・ムーアと会うみたいです」

「ザック?」デイビッドが眉をひそめる。「あいつ、私生活がひどいことで有名じゃないか」

マイクはうなずいた。

アレクサンダーのグラスを握る指に、力がこもった。

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