第73章

長川輝夫はゆっくりと煙草に火をつけた。けれど結局、何も言わないまま踵を返す。

長川家の別荘へ戻ったころには、夜はもう深かった。だだっ広いリビングに灯っているのは、フロアランプが一つだけ。

『旦那様、お帰りなさいませ』

長川直志の世話をしている使用人だ。

長川輝夫は短く「うん」と返し、『直志を寝かせてやれ。今日はあいつも疲れた』と言った。

『かしこまりました』

長川輝夫は二階へは上がらず、そのまま書斎へ入った。

白い照明がぱっと点く。冷えた横顔に、苛立ちの影が走る。

なぜだか、あの女のことが頭から離れない。

……我ながら、滑稽だ。

ふと視線が止まり、彼は机のいちばん下の引き...

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