紹介
その言葉が落ちると同時に、長川輝夫の唇が乱暴に押し付けられ、宮原知子の寝間着を力任せに引き裂いた。
彼の指が彼女の陰核を押さえつける。長川輝夫は彼女の身体をひっくり返し、組み敷いた。とうに膨張し硬く屹立した性器が、すぐさま秘所を見つけ出した。一気に突き入れる。
宮原知子は冷や汗が止まらなかった。長川輝夫は彼女の耳を軽く噛みながら囁いた。「気持ちいいか? お前の好きなやつだろう? 孕ませてやる。だがお前は俺のそばにはいられない。この場所は歩美のためのものだからな」
——
かつて宮原知子は長川輝夫の命を救い、それによって彼との結婚の機会を得た。しかし彼女はあの事故で身体を損ない、妊娠できない体になっていた。何度もホルモン注射を打ち、体型は崩れ、容貌は醜く変わり果て、ようやく妊娠できる身体になった矢先——長川輝夫が若く艶やかな葉山歩美と不倫しているところを目撃してしまった。
そういうことなら。宮原知子は言った。離婚しましょう。
宮原知子は体型が崩れ、三年間専業主婦をしてきて、何の技能も持たなかった。それでも彼女は離婚を選んだ。自分の子供すら連れて行けないとしても——
チャプター 1
「宮原さん。再検査の結果が出ました。数値はすべて正常です。これで妊娠の準備に入れますよ」
検査結果の用紙を握りしめた宮原知子は、こみ上げるものを抑えきれず、指先がかすかに震えた。
三年前――不慮の事故のあと、「子宮内膜が損傷している。回復には長い治療が必要だ」と告げられた。
それから知子は病院を渡り歩き、数え切れないほどのホルモン注射を打った。体型は崩れ、鏡を見るたび胸が沈む。それでも、ようやく。もう一度、子どもを望めるところまで来た。
知子はスマホを取り出し、この知らせを夫の長川輝夫に伝えようとした。
だが駐車場へ出た瞬間、足が止まる。
長川輝夫が、見知らぬ女と車の中にいた。
背筋の通った体。整った顔立ち。運転席からわずかに身を乗り出し、助手席の若い娘に何かを囁いている。
娘は米白のニットのロングワンピース。艶のある長い髪を肩に流し、輝夫を見上げる瞳はきらきらしていた。距離が、妙に近い。
――見覚えがある。
知子は、長川家の書斎に飾られていた写真でその娘を見たことがあった。
使用人の話では、輝夫が長年援助している大学生で、数年前に海外へ留学させ、妹のように可愛がっていたのだという。
最近、帰国したのだろう。
葉山歩美が輝夫の耳元で何か囁き、そのまま頬にキスしようとした。
輝夫は顔をそらして避けたが、怒る気配はない。むしろ指先で歩美の丸い頬を軽くつまみ、甘やかな笑みを浮かべた。
兄妹?
そうは見えない。
どう見ても、熱に浮かされた恋人同士だ。
知子の胃がぐらりと裏返る。ホルモン注射の副作用なのか、それとも別の何かなのか。とにかく吐き気がひどい。
反射的に背を向けた、そのとき――
「宮原知子。どうしてここにいる」
背後から輝夫の声。
振り向くと、彼が車を降りてきたところだった。
知子は検査結果を握りしめ、声を絞り出す。
「病院で検査を……」
歩美も降りてきた。柔らかな笑みを貼りつけながら、知子のむくんだ顔と崩れた体型に視線を落とし、好奇心いっぱいの声で言う。
「ねえ、お兄ちゃん。このおばさん、知り合い?」
――おばさん。
その一言で、知子の眉がわずかに寄った。まだ二十六だ。相手はせいぜい二十そこそこ。なのに「おばさん」と呼ばれる。
知子は自分の身体を見下ろした。ホルモン治療で肉がつき、肌はくすみ、目尻には細かな皺。かつて澄んでいた瞳さえ、光を失っている。
一方で歩美は若く、美しく、生命力に満ちていた。並び立つだけで、知子は影のように霞む。
――「おばさん」と言われても、仕方がないのかもしれない。
治療前の自分だって綺麗だった。言い寄ってくる人もいた。
だが治療が始まってから、彼女は別人になった。身体も、心も。
輝夫の顔色が沈む。歩美を一瞥し、知子へ淡々と言い放った。
「検査が終わったなら早く帰れ。外でうろつくな」
知子はうつむき、小さく答えた。
「……うん。すぐ帰る」
背を向けた耳に、歩美の甘い声が追いかけてくる。
「輝夫、結局あの人、誰なの?」
輝夫の返事は聞こえなかった。いや、聞きたくもなかった。
今の知子は、とにかくここから逃げ出したかった。
彼女と輝夫の結婚は、事故から始まった。
ある酒会の夜、酔った勢いで長年の想いを告げたとき、輝夫は冷たい目で知子を見ただけで、何も言わなかった。
その直後――ホテルの天井がきしみ、輝夫の頭上のシャンデリアが落ちてきた。
知子は考える暇もなく彼に飛びつき、盾になった。
だが腹部を金属のワイヤーが貫いた。息が詰まるほどの激痛。
病院に運ばれ、「今後、妊娠は難しいかもしれない」と告げられた。
輝夫は罪悪感から、知子に求婚した。
長川家は不本意だったが、世間体もあり、結局は受け入れるしかなかった。
知子は幼い頃に孤児となり、伯父伯母の家に預けられて育った。冷たい視線にさらされ、不幸ばかりの幼少期だった。
だからこそ、ずっと子どもが欲しかった。自分が持てなかった幸せな家庭を、子どもと一緒に作りたかった。
長川家に嫁いでから、知子は仕事を辞め、治療にすべてを注いだ。妊娠の準備のために。
最初の頃、輝夫は優しかった。市内でも最良の医師を呼び、栄養士までつけて体を整えさせた。
だがある日、噂が回り始めた。
あの事故は、知子が仕組んだものだ――と。
本人でさえ、ワイヤーが子宮まで貫くとは思っていなかっただろう。自業自得だ、と。
どれだけ否定しても、輝夫の態度は温くも冷たくもないまま変わらない。
やがて二人は別々の部屋で眠るようになり、輝夫が家に帰る回数も減っていった。
妊娠できるようになれば、関係は変わる。そう信じていた。
なのに、今日見た光景。
知子は自嘲気味に笑った。
自分の努力は、結局ただの独りよがりだったのだ。
夕方、別荘に戻ると、姑の周防礼美がリビングの十字架の前に跪き、黙祷していた。
扉の音に気づいても顔を上げず、平然と言う。
「帰ったのね。着替えなさい。あとで連れて行く場所がある」
「どこへ……?」知子は戸惑った。
「教会よ」礼美は淡々と言い放つ。「あなたの身体が一向に良くならないのは、罪が深いから。主に会って赦しを乞うの」
胸が沈んでいく。
罪?
何の罪を懺悔しろというのか。
子どもが授からない――ただそれだけで、神に対して負い目があるとでも?
知子は宗教を信じていない。説明しようと口を開く。
「お義母さん、今日再検査をして、医師が……」
「医者が何をわかるの!」礼美は遮った。「三年よ? 何度病院へ行った? 結果はどうだった? 私はあなたのためにしてるの。あなたも子どもが欲しいんでしょう」
知子は拳を握りしめ、指の関節が白くなる。
「……わかりました。着替えて行きます」
反論はやめた。瞼を伏せ、黙って二階へ上がる。
礼美が連れて行ったのは、西区にある小さな教会だった。
中にいた牧師は五十前後。聖書を抱え、穏やかな表情の奥に、抜け目のない光を宿している。
小岩牧師は知子を一瞥し、ゆっくり言った。
「子を授かるのは神の祝福。授かれぬことは、確かに人生における大きな痛みでしょう」
礼美がすかさず頷く。
「そうでしょう、小岩牧師。この子、神さまのご機嫌を損ねるようなことをしたんじゃないでしょうか。長川家は代々、熱心に信仰しているのです」
小岩牧師は知子に前へ出るよう促し、聖像の前に立たせた。
「さあ、目を閉じて。心を開きなさい。共に祈り、主にあなたの罪を赦していただきましょう」
不本意だったが、知子は従った。そっと目を閉じる。
耳元で延々と続く、小岩牧師と礼美の祈り。
滑稽だった。
まるで自分が裁かれる罪人になったみたいで。
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