第3章
西村家の屋敷に戻った頃には、もうとっぷりと日が暮れていた。
玄関に足を踏み入れた途端、居間から西村のお父さんの怒声が聞こえてきた。
「跪け!」
続いて、竹杖が畳を強く叩く音が響く。
私は足を止め、襖の隙間から、安信が西村のお父さんの前に跪き、頭を垂れているのが見えた。
「桜の葬式にさえ遅刻するとは、お前に一体何ができないというのだ?」
西村のお父さんの声は震えていた。
「あれはお前の実の息子だろう!」
安信は何も言わず、ただ黙って耐えていた。
「知春、お前は先に二階で休んでいなさい」
西村のお父さんは私に気づき、口調が瞬時に和らいだ。
私は頷き、ゆっくりと階段へ向かった。
足音が消えぬうちに、背後で竹杖が肉体を打つ鈍い音が響き始めた。
一回、二回、三回……。
以前の私なら、こんな音を聞けば胸が張り裂けそうになって涙を流し、駆け下りて安信のために許しを乞うていただろう。
今の私は、ただ一瞬立ち止まっただけで、そのまま二階へと上がり続けた。
私は化粧台の前まで行き、荷物をまとめ始めた。
化粧品はいらない。あれらは全て安信が私に買い与えたものだ。
服もいらない。ほとんどが西村家が『若奥様』という身分に合わせて私に用意したものだから。
私はただ、数枚の質素な普段着だけを手に取り、それから桜の部屋へと向かった。
ドアを開けた瞬間、また涙が溢れ出してきた。
部屋は彼が生きていた頃のままになっていて、机の上には彼が描いた家族三人の絵が飾られていた。
絵の中の安信は笑っていて、私も笑っていて、桜も笑っている。
それは彼の五歳の想像、永遠に叶うことのない美しい願いだった。
私は彼のもの——数枚の着替えと、彼が描いた絵を、そっと大切にしまい込んだ。
それ以外のものは、何一つ持っていかない。
身軽に、誰にも何の借りもない状態で、ここを去りたい。
最後に、私は自分の化粧台に戻り、耳につけていた真珠のイヤリングを外した。
それは安信がくれた結婚祝いの品だ。今、これらは西村家に戻されるべきものだ。
「トントン」とドアをノックする音がした。
「若奥様、旦那様が下へお越しになるよう、とのことです」
老執事の声は少し震えていた。
スーツケースを引きずって階下へ降りると、居間では安信がまだそこに跪いており、目は赤く充血し、額には汗が滲んでいた。
西村のお父さんは上座に座っていたが、私のスーツケースを見ると、顔色が変わった。
「おじ様」
私はいつものように「お父さん」とは呼ばなかった。
西村のお父さんの体が微かに震える。
初めて西村のお父さんに会った時のことを思い出す。私はまだ、おどおどした大学の新入生だった。
「知春、こちらは西村のおじ様よ。お父さんの親友なの。これから京都で何か困ったことがあったら、この方を頼りなさい」
母は私の手を引きながら、私には理解できない複雑な感情を目に浮かべていた。
西村のお父さんはその時、屈んで、穏やかに私を見つめた。
「これからは安信がお前の兄さんだ。彼がお前の面倒を見てくれるよ」
確かに、あの頃の安信は私の面倒を見てくれた。
私が学業で忙しい時にはお弁当を持ってきてくれ、病気になれば医務室に付き添ってくれ、同級生に虐められれば私のために前に出てくれた。
彼は優しくて思いやりがあり、本当の兄のように私を守ってくれた。
霜子が現れるまでは。
あの茶道の家元の令嬢は、まるで古典詩から抜け出してきたかのような気品ある美人だった。
彼女が現れてから、安信の目にはもう他の誰も映らなくなった。
「安信、どうしてまたあの田舎者の妹と一緒にいるの?」
「なんであの子があなたたちについてくるわけ? お邪魔虫じゃない?」
「本当に、身の程知らずね」
同級生たちのひそひそ話が聞こえてきて、私は意図的に安信を避けるようになった。
しかし、私が他の男子学生と食堂に出入りしているのを見ると、安信は追いかけてきて私を問い詰めた。
「知春、お前、恋愛でもしてるのか? どうして俺を無視するんだ?」
あの時、私はどれほど彼に言いたかったことか。
「あなたのことが好きだから、もうあなたの妹ではいられないの」と。
けれど、私はそれを口にしなかった。
運命のいたずらか、私は彼と霜子を引き裂いてしまった。
「知春、どこへ行くつもりだ?」
安信の声が私の回想を遮った。
床に跪く彼を見つめると、心に一陣の物悲しさが込み上げてくる。
「西村家を出ていきます」
「なぜだ?」
安信は立ち上がろうとしたが、西村のお父さんに杖で押さえつけられた。
「もう、ここに留まる理由がありませんから」
私の声は穏やかだった。
「桜はもういません。私たちの間には何の感情も残っていません。私がここにいれば、みんなが苦しむだけです」
西村のお父さんはため息をついた。
「知春、叔父さんが安信をちゃんと育てられなかった。叔父さんがお前に申し訳ないことをした」
私は首を横に振った。
「おじ様、あなたはもう十分に良くしてくださいました。あなたのせいではありません」
「どこへ行くんだ?」
安信が私のスーツケースを掴んだ。
「お前一人でどこへ行けるっていうんだ?」
私は彼の手を振り払った。
「それは、あなたが心配することではありません」
安信の目に傷ついたような色がよぎったが、もう私にはどうでもよかった。
西村家を出て三日目、私は借りた小さなアパートで気を失った。
目が覚めた時、私は病院のベッドに横たわっていた。
「こんにちは。あなたの主治医の森儀光です」
聞き覚えのある声がして、顔を上げると、そこには同じく見覚えのある顔があった。
森儀光、私の大学の同級生。
「儀光?」
私は少し信じられなかった。
彼は頷き、手の中のカルテを開いた。
「知春、君の胃癌はもう末期だ。二ヶ月前にはもう知っていたんだろう?」
私は目を閉じた。
そうだ、二ヶ月前に私は診断されていた。
桜の誕生日のちょうど一週間前、胃の痛みで病院へ検査に行くと、結果は末期の胃癌だった。
医者は、もってあと半年だと言った。
その夜、私は桜を抱きしめて一晩中泣いた。
死が怖いからではない。彼と離れたくないからだった。
今、桜はもう逝ってしまった。私はかえってほっとしていた。
これでいい。私たち母子は、別の世界で再会できるのだから。
「どうして家族に言わなかったんだ?」
森儀光は眉をひそめた。
「必要ありませんから」
私は淡々と言った。
「看護師さん、すみません、私の緊急連絡先を変更してください。『なし』と書いてください」
森儀光は一瞬、言葉を失った。
「知春……」
「私の言う通りにしてください」
私の口調は断固としていた。
ちょうどその時、病室のドアが開けられた。
安信が入ってきた。後ろには霜子が続いている。
彼は私が買ってあげたあのチャコールグレーのコートを着ていて、霜子は上品なハンカチでそっと目元を拭っていた。
そのハンカチに見覚えがあった。
それは私が手ずから刺繍したものだった。細かな桜の花模様を、丸三ヶ月もかけて施したのだ。
安信への誕生日プレゼントにしようと思ったのだが、彼は見向きもしなかった。
「こんな雑な刺繍、俺が使うとでも思ったのか?」
あの時、私はハンカチを手に彼の前に立ち尽くし、涙が一滴、また一滴と、その精緻な桜の上に落ちていった。
桜が駆け寄ってきて私を慰めてくれた。
「ママ、泣かないで。桜はとっても綺麗だと思うよ。桜がほしい!」
今、そのハンカチは霜子の手の中で、これ以上ないほどに優雅に、そして似つかわしく見えた。
彼女がそれで目元を拭う仕草さえもが美しく、まるで元から彼女のために刺繍されたかのようだった。
私はその光景を眺め、心に残っていた最後の温情も、完全に冷え切ってしまった。
安信、あなたはとうとう願いが叶ったのね。
とうとう、あなたの霜子さんと、おおっぴらに一緒にいられるようになったのね。
そして私も、ようやく、私の桜に会いに行ける。
