第4章

胃の腑を抉られるような激痛が、またしても真夜中に襲ってきた。

私は畳の上で身を縮こませ、震える手で枕元の痛み止めに手を伸ばす。

半月。

桜が逝ってから半月。私の身体も日増しに崩れていく。

なんとか痛み止めを三錠飲み下したが、すぐにすべて吐き戻してしまった。

水さえ、もう喉を通らない。

癌細胞は、夏の京都の藤蔓のように好き放題に伸び広がり、すでに胃から全身へと転移している。

医者には、もってあと二ヶ月だと告げられた。

けれど、私はクリスマスまで持ちこたえたいと願っている。

それは桜が一番好きだった祝祭日。嵐山の竹林で、伝統的な願いの灯籠を流したいと彼は言っていた。

「コン、コン、コン」

扉を叩く音が響く。

「知春、俺だ」

森儀光の声がドアの向こうから聞こえた。

私は涙を拭い、無理やり身体を支えて立ち上がる。

西村の家を出てからというもの、彼は三日にあげず私の様子を見に来ていた。

「また何しに来たの?」

私はわざと声を冷たく、無感情に響かせた。

森儀光は戸口に立ち、手には京都の老舗の弁当箱と、薬局で買ったらしい栄養補助食品の袋を提げていた。

「顔色がますます悪くなってる」

彼は眉をひそめる。

「病院に入院して治療を受けないと」

「いらないわ」

私は彼に背を向けた。

「私は元気だから」

「知春……」

「森先生」

私は彼の言葉を遮り、鞄から札束を取り出した。

「ご心配ありがとう。でも、必要ありません。このお金を持って、もう二度と来ないでください」

森儀光は一瞬呆然とし、その目に傷ついたような色がよぎった。

これでいい。

これ以上、誰にも迷惑はかけられない。

桜はもう、私のせいでさんざん苦しんだのだ。儀光まで巻き込むわけにはいかない。

「俺が金のために君を心配しているとでも?」

彼の声は微かに震えていた。

私は目を閉じ、自分に鞭打って最も残酷な言葉を吐き出す。

「お金以外に、何があるっていうの?まさか本気で、私の救世主のつもり?」

この瞬間、私はかつてないほどの孤独を感じた。

だが、それで正しいのだ。

独りぼっちで死んでいく。それが、私にとって最良の結末なのだから。

森儀光はそこに立ち尽くし、しばらく私を見ていたが、やがて何も言わずに背を向けて去っていった。

彼が帰ったのだと思った。だが、階下から男たちの口論する声が聞こえてくる。

弱った身体を引きずって窓辺に寄ると、森儀光と安信が京都の古風な路地で対峙しているのが見えた。

「どの面下げて、俺の妻に付きまとっている?」

安信の声には怒気が満ちていた。

妻?

思わず笑い出しそうになった。

彼が霜子とべったりくっついている時、私がまだ彼の妻であることを思い出したりしたのだろうか?

「私は医者です」

森儀光の声は穏やかでありながら、毅然としていた。

「彼女には治療が必要だ」

「お前に指図される筋合いはない」

安信の口調はさらに侮蔑的になる。

「知春のことは俺が面倒を見る」

面倒を見る?

この半月、彼は一度でもここに来たことがあっただろうか。挨拶の電話一本すらなかったくせに。

「面倒を見る?」

森儀光がとうとう堪えきれなくなった。

「彼女が死にかけているのを知っているのか?末期の胃癌なんだ!水さえ飲めない状態なんだぞ!」

安信の身体が、明らかにびくりと震えた。

彼の顔に一瞬驚愕の色が浮かんだのが見えたが、すぐにまた冷淡な表情に戻る。

「それが彼女に近づく口実か?」

安信は冷笑した。

「お前が何を企んでいるか、俺が知らないとでも思うのか。大学時代から彼女に気があるそぶりを見せていた。今になって弱みにつけ込むとは、さぞご満悦だろうな?」

森儀光の拳が固く握りしめられる。

「君に彼女の夫たる資格はない!」

「資格があるかないか、お前に決められることじゃない」

安信は袖口を整えた。

「彼女から離れるよう忠告しておく。さもなければ……」

もう見ていられなかった。

私は階段を駆け下り、二人の間に割って入る。

「もうやめて!」

私はありったけの力で叫んだ。

「儀光、帰って!」

森儀光が心配そうに私を見る。

「知春……」

「お願いだから」

私の声が震え始める。

「もう私のことは放っておいて」

森儀光は私を深く見つめ、やがて踵を返して去っていった。

路地には、私と安信だけが残された。

夕陽が沈み、古い町家の建物が夕闇の中でひときわ寂寥感を漂わせている。

「なるほど、もう間男がいたわけか」

安信の声は皮肉に満ちていた。

「どうりでそんなに離婚を急ぐわけだ」

私はこの男を見つめ、深い疲労感に襲われた。

「好きに考えればいいわ」

私は背を向け、階上へ戻ろうとした。

「知春」

彼が私を呼び止めた。その口調は、不意に複雑な色を帯びていた。

「聞こえたぞ、お前の病気のこと……」

「ただの胃の病気よ」

私は振り返り、静かに彼を見据えた。

「喜ぶべきじゃない?これで心置きなく霜子さんと一緒になれる。私という邪魔な存在に耐える必要もなくなるんだから」

安信の顔色が変わる。

「馬鹿なことを言うな」

「馬鹿なことじゃないわ」

私は鞄からスマートフォンを取り出し、霜子が今日更新したSNSのページを開いた。

写真には、彼女の白く細い指が写っており、大きなダイヤモンドの指輪が夕陽を浴びてきらきらと輝いている。

添えられた言葉は、たった一つの言葉。『結実』。

その下には何十件ものお祝いのコメントが並び、西村家の叔母たちの「いいね」までついていた。

「おめでとう」

私はスマートフォンを安信の目の前に突きつけた。

「末永くお幸せに。子孫繁栄を祈ってるわ」

安信はその写真を目にした途端、顔面が蒼白になった。

「知春、聞いてくれ、これは……」

「説明はいらない」

私はスマートフォンをしまい、泣くよりも酷い顔で笑った。

「もう私たちに話すことなんて何もないでしょう」

「後悔するなよ!」

安信は逆上した。

彼の言葉が、ナイフのように私の心臓に突き刺さる。

だが、もう彼の残酷さのために涙を流すことはなかった。

部屋に戻ると、私は畳の上に崩れ落ちた。脳裏に過ぎ去りし日々の記憶が押し寄せる。

癌の痛みは私に死を渇望させる。死だけが、私を再び桜に会わせてくれるからだ。

この五年間の結婚生活を思い出す。

私はまるで卑しい下女のように、彼のために和服にアイロンをかけ、弁当を作り、家事をこなした。

彼が仕事のストレスで苛立つたび、私は黙って彼の不機嫌な顔を受け入れた。

彼が霜子を想うたび、私は彼の瞳に宿る疎外感に気づかないふりをした。

私の尽くす姿が、彼の心を少しでも和らげるだろうと思っていた。だが、私は間違っていた。

彼の心には、始めから終わりまで霜子ただ一人がいたのだ。

『あなたがあの人を誑かさなければ、本当に結婚できたとでも思ってるの?』

電話口での霜子の言葉が、今も耳にこびりついている。

『田舎から出てきた女子大生の分際で、西村家の若奥様になれるとでも?恥知らずな浮気相手!』

『彼があなたに飽きたら、自然と私の元へ帰ってくるわ。その時、あなたには何も残らない』

今、霜子の予言は現実となった。

安信は彼女の元へ帰り、そして私は、すべてを失って死んでいこうとしている。

あるいは、これが私にふさわしい報いなのかもしれない。

胃を押さえると、痛みが波のように襲ってくる。

明日、また病院へ薬をもらいに行かなければ。

病を治すためではない。ただ、クリスマスまで持ちこたえるために。

桜の最後の願い——嵐山の竹林で、願いの灯籠を流すこと。それを、私が叶えなければ。

そうすれば、彼の元へ逝ける。

翌日、私は無理やり身体を起こして京都大学病院へ向かった。

医者は私の検査報告書を見つめ、その顔をますます曇らせていく。

「癌細胞が肝臓と肺に転移しています」

彼は慎重に切り出した。

「知春さん、即刻入院されることをお勧めします……」

「結構です」

私は彼を遮った。

「痛み止めだけ処方してください」

医者は溜め息をつき、大きな薬の袋を渡してくれた。

病院を出た時、眩暈がして、危うく倒れそうになった。

「知春!」

森儀光が、間一髪で私を支えてくれた。

「どうしてここに?」

「夜勤明けなんだ」

彼は私の蒼白な顔を見て眉をひそめる。

「そんな状態でどうやって帰るんだ?」

「バスで」

「送るよ」

「いいから……」

「断るな」

彼は有無を言わさず私を支え、駐車場へと歩き出した。

「安信には昨日、君に近づくなって警告された。でも、俺はあいつの言うことなんて聞かない」

私は一瞬、言葉を失った。

森儀光は続ける。

「大学の頃からだ。あいつはいつも、君を好きになるなと俺を脅してきた」

「え?」

「もし俺が君に近づいたら、京都の医学界で生きていけなくしてやると言われた」

森儀光は苦笑する。

「当時は、君を守るためだと思って、身を引くことを選んだ。でも今ならわかる。あいつはただ君を所有していただけで、愛したことなんて一度もなかったんだ」

息が詰まるような痛みが胸を締め付けた。

つまり、最初から私は操られた駒に過ぎなかったのだ。

母は私を安信に嫁がせるよう仕向け、安信は他の男が私に近づくのを阻んだ。だが、彼自身の心は霜子にあった。

私はまるで籠の中に閉じ込められた金糸雀のようだった。すべての自由を奪われ、それでいて主人の恩寵に感謝しなければならない。

車窓の外では、京都の秋色が深まっていく。

安信と初めて出会った、あの秋の日を思い出す。

あの頃の彼は、まだ私に上着をかけてくれた。風邪を引いた私に温かい粥を買ってきてくれた。ホームシックで泣いている私の髪を、優しく撫でてくれた。

「泣くなよ、知春」

彼の声は春のそよ風のように優しかった。

「俺が一生、お前の面倒を見てやるから」

しかし、その優しさは霜子が現れてから消え失せた。

「知春はただの妹みたいなもんだ」

彼はクラスメイト全員の前でそう言った。

「あいつの親父のことがなけりゃ、妹ですらないけどな」

その時、私は人垣の中に立ち、未だかつてないほどの屈辱を感じていた。

その夜、母から電話があった。

「知春、ママは忠告したでしょう。高望みするんじゃないって。西村家みたいな家柄は、私たちが釣り合う相手じゃないのよ」

私は泣きながら言った。

「ママ、高望みなんてしてない。私はただ……」

「ただ何?ただ愛してはいけない人を愛してしまったってこと?」

母の声には嘲りが混じっていた。

「目を覚ましなさい。安信みたいな男の周りには、優れた女なんていくらでもいるんだから」

だがその二ヶ月後、母の態度はがらりと変わった。

彼女は自らの手で、私を安信のベッドへと送り込んだのだ。

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