第61話 春奈が夫に内緒で三つの工場を売却した

書斎のドアがもう一度、控えめに叩かれた。

健吾はデスクから顔を上げた。外から聞こえたのは春奈の声ではなく、かすれた咲良の声だった。

「お父さん……入ってもいい?」

健吾は眉をひそめたが、立ち上がってドアを開けた。春奈が咲良の後ろに立っていた。ふたりとも、何かに精気を根こそぎ吸い取られたように見えた。

「どうした」

「下で話すわ」

春奈はそれだけ言った。

リビングでは、咲良がソファの隅にうなだれていた。一晩じゅうネット上で炎上したせいか、化粧気のない顔はやつれ、左頬に残る指の痕だけが薄赤く浮いていた。春奈はその横に立ち、腕を組んで唇を固く引き結んでいる。

健吾はふたりを順に見てか...

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