第130章

西園寺千枝は「西園寺雪枝」という名を耳にした瞬間、わずかに動きを止めた。潤んだ瞳が、夜明けの湖面みたいに一瞬だけ鋭い光を返し――すぐに、波ひとつ立たない静けさへ沈む。

「会わない。受付に、帰ってもらうよう伝えて」

声は水のように淡々としていた。

平岡沙希も、その「実母」とやらに対する千枝の距離感は理解している。言われた通り、受付へそのまま伝えた。

1階ロビー。

受付の伝言を聞いた西園寺雪枝は、口紅を引いた唇をわずかに開けたまま固まった。受け入れられない、という顔だ。

会わない? 私に?

自分は西園寺千枝の母親だ。年長者だ。わざわざ頭を下げて来てやったのに、顔すら見ないというのか...

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