第282章

渕上純はもちろん、風見紬がいかに無礼な人間かなど百も承知だ。彼女は口元に皮肉な笑みを浮かべ、冷ややかに言い放った。

「榎本先生のお名前を呼び捨てにするなんて、何様のつもり?」

立ち位置の角度ゆえに、渕上純と対峙している風見紬からは、屋内にいる榎本龍一の姿が見えていない。逆に、風見紬の傍らに立つ楓田麻衣からは、その姿がはっきりと見えていた。

その時だ。屋内に佇む気品に満ちた老人の姿を認めた楓田麻衣は、瞬時に状況を察した。

彼女は慌てて風見紬の腕を肘で小突き、声を潜めて忠告する。

「余計なことは言わないで」

だが残念なことに、風見紬の浅はかな頭では楓田麻衣の意図など理解できるはずもな...

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