第290章

「ああ。会いたくて急いで帰ってきたんだが、まさかこんなに待たされるとはな」

 神原文清の声には、明らかな不機嫌さが滲んでいた。

 渕上純は、妙な居心地の悪さを感じた。もし楓田麻衣と風見紬に時間を浪費させられていなければ、今ごろ新幹線どころか、とっくに家に着いていたはずなのだ。

「ごめんなさい。榎本先生の絵を譲っていただくのが本当に大変で、少し手間取ってしまって」

 男の声に笑みが混じる。そこには、からかうような響きがあった。

「俺の奥さんはいつだって優秀だ。自慢の妻だよ。万金積んでも手に入らない画を入手するなんて、並大抵の人間にはできない」

 それは渕上純の自惚れではない。紛れも...

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