第8章
国際ヴァイオリンコンクールのバックステージは、才能と野心がぶつかり合う、張り詰めた空気に満ちていた。
私は窓辺に立ち、音楽ホールへと吸い込まれていく観客の波を眺めながら、そっと愛用のヴァイオリンの弦を指でなぞった。
「綾音」
高田誠一の声が背後から聞こえ、振り返ると、彼はフォーマルな公演用の衣装に身を包み、真剣な面持ちで立っていた。
高田誠一は軽く頷き、数歩近づいてくる。
「俺たちの合奏は四十分後だ。リズムが変わる部分を、もう一度確認しておいた方がいい」
私は深く息を吸い込み、この数日間ずっと胸の内で温めていた言葉を、ついに口にした。
「誠一さん、ごめんなさい。私はあ...
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チャプター
1. 第1章
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3. 第3章
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8. 第8章
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