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彼に抱え込まれ、私はただ、完璧な顎のラインを見上げることしかできなかった。
アルコールに押されて意識はじわじわ滲み、覚えているのは――彼が私を抱いたまま長い廊下を抜け、扉を開け、柔らかな大きなベッドへ放り投げたことだけ。
彼はネクタイを乱暴に引き抜くと、一歩、また一歩と近づいてくる。
身を屈め、両手を私の身体の両脇につき、影で私を覆い尽くした。
近すぎる顔。
氷みたいな青の瞳、その奥で欲望の火が燃えている。
私は手を伸ばし、彼のたくましい腕へ絡めた。張り詰めた筋肉の下に潜む力にぞくりとして、つい指先で軽くつまむ。
「……けっこう硬い」
彼の目がわずかに和らぐ。
「満足?」
「悪くない」
甘えるように、けれど挑発するように言いながら、私は両手をゆっくり下へ滑らせ、彼の腰のベルトへ指をかけた。
次の瞬間、手首を強く掴まれる。
灼けるような視線で見下ろされ、男は一語一語を噛み砕くみたいに問う。
「本当に……後悔しない?」
後悔なんて、するはずがない。
私はむしろ大胆に腕を伸ばし、彼の首に絡めて引き寄せた。
「どうしたの。私が払えないって思ってる?」
男の口元に弧が浮かぶ。だが目は笑っていない。
膝をベッドの縁につけ、彼は手を伸ばした。黒いワンピースの背中、襟元に指先が触れ、細いファスナーをゆっくり引き下ろしていく。
肩紐が滑り落ちた瞬間、私は堪えきれずびくりと震えた。
葛城研二以外と、こんなふうに近づいたことはない。どうしたって身体が硬くなる。
男の手がふっと止まる。眉を上げ、私の表情を面白がるように眺めた。失敗を待っているみたいに。
私は唇を噛み、意地で彼の腰にしがみつく。
――私は法廷で相手を黙らせるエリート弁護士だ。こんな惨めな場面で、弱さなんて見せてたまるものか。
男は私の不慣れを見抜いたはずなのに、何も言わない。
指先が落ち、布越しの熱が肌へじりじり焼き付いた。
視線が鎖骨から下へ、欲を隠さずなぞっていく。
彼が身を屈め、耳たぶへ温い息を落とした。
「君が……俺のために泣くところが見たい」
私は顔を傾け、唇が頬に触れそうな距離で言い返す。
「それは……あなた次第」
次の瞬間、顎を掴まれ、無理やり顔を上げさせられた。
支配的で熱いキスが、容赦なく落ちてくる。
そこから先は、想像よりずっと――制御不能だった。
長く遠ざかっていた分、感覚が過剰なほど研ぎ澄まされている。彼の一撃一撃が、電流みたいに全身を痺れさせた。
「好きか?」
低い声が耳元で響き、次の激しい動きが重なる。
私は堪えきれず喉を鳴らし、指が彼の背中を無茶に掻いた。
彼はベッドサイドのネクタイを掴み、ゆっくりと私の両手を背中で縛る。
支えを奪われ、私は長い脚で彼の腰にしがみつくしかなくなった。
その姿勢が男を煽った。
彼は私の臀を持ち上げ、容赦なく――さらに深く。
声を殺そうと必死になるほど、彼は力を強める。
溢れ出しそうな欲の波は、私が今まで知らなかったものだった。
どれほど経ったのか。
頬は火照り、呼吸は乱れ、私は震える声で懇願してしまう。
「……もう、やめて……止めて……」
男は身を屈め、涙の痕へ細かなキスを落とすと、唇を吊り上げた。
「泣き顔……綺麗だ」
そう言うなり、大きな手が私の細い腰を掴み、くるりと体勢を変える。押さえつけられ、さらに強く追い詰められた。
「痛……っ」
文句を言いかけた唇は、酒の匂いを含んだキスで塞がれる。
なぜか甘くて、痛みすら遠のいた。
男は私の脚を一本担ぎ上げ、胸元へ引き寄せたまま執拗に撫でる。いったん引いて、息を吸い――次の瞬間、また深く。
「……あっ」
歯を食いしばっても、甘ったるい声が漏れてしまう。
男は顎を上げ、荒い息を吐いた。まるで底なしの力を、私に注ぎ込むみたいに。
一晩中。
彼は私を逃がさず、私はいつの間にか、彼の下で意識を手放していた。
翌朝。
目を開けた私は、全身の鈍い痛みと、男の腕の中にきつく抱き込まれている現実に凍りつく。
完全に酔いが醒め、遅れて懊悩が押し寄せた。
私はそっと男の顔を見つめる。
――とんでもなく整っている。
どんな俳優やスターよりも美しく、眠っているだけで触れてはいけない冷ややかさが漂っていた。
息が詰まる。
昨夜、私が酒に任せて「やらかした」相手が、こんな神がかった顔だなんて。
最近の男性エスコートって、こんなレベルなの?
昨夜の獣みたいな激しさを思い出して背筋が寒くなり、私は慌ててベッドの下の服を掴んだ。
そっと腕の中から抜け出し、音を立てないよう身支度を整える。
眠ったままの男を一度だけ振り返り、歯を食いしばって、振り返らずに出た。
――一夜限りの夢。そういうことにしてしまおう。
脚を震わせながらホテルを出てタクシーに乗り込むと、スマホに未着信が何十件も並んでいた。全部、玉子からだ。
心配させたくなくて、私は折り返す。
繋がった瞬間、玉子が息を吐き出した。
「よかった……生きてた……!」
眉をひそめる。寝ただけで死ぬわけが――。
そこで、はっとした。
金を払ってない。
「ねえ。昨日の……あの男性エスコートの連絡先、分かる?」
自分の額をぱしんと叩く。
「男性エスコート?」
玉子が一拍置き、声が鋭くなる。
「……あんた、彼を男性エスコートだと思ってたの?」
「じゃなきゃ何なの」
あんな顔で、女の客しかいないバーに一人でいた。男性エスコートじゃなければ……マフィア?
「彼は……」
玉子は途中で言葉を切り、何かを恐れるみたいに声を落とした。
「で、昨日……寝たの?」
「うん」
私は淡々と答える。
「サービス、悪くなかった。ただ、金渡し忘れた」
「金、払うの!?」
「じゃあ、彼が私に払うの?」
玉子は呆れたように何か言いかけたが、その瞬間、チームのジョーから割り込みの着信が入った。
「ごめん、電話。切るね。連絡先、送って」
私は慌ただしく玉子との通話を切り、ジョーに出る。
「莉緒、まずい。先週の案件、トラブルが出た!」
