第1章

鼻血がバースデーケーキのクリームに落ち、どす黒い赤色の花を咲かせた。

私は顔を仰向け、ティッシュで鼻を押さえる。

今日で五回目だ。

医者は眼鏡の位置を直しながら言った。病状の悪化は予想以上に早いらしく、余命は長く見積もっても来年の春までだという。

私は小さく頷き、理解したことを示した。

死ぬのは怖くない。ただ、痛いのが嫌なだけ。

医者が処方してくれた特効薬の鎮痛剤は、一本五十万円もする。けれど、カードの残高は足りなかった。

少しでも安らかに逝くために、私は城崎漣に会いに行くことにした。

会社に着くと、そこには綾瀬亜美もいた。

彼女は城崎漣の秘書であり、彼に囲われている愛人でもある。

私を除けば、城崎漣のそばに最も長くいる女だ。

友人たちは「気をつけたほうがいい」と忠告してくれた。城崎漣が彼女に本気になっているようだから、と。

城崎漣は会議中だったため、私は外のソファに座って待つことにした。

綾瀬亜美はずっと私を凝視していたかと思うと、周囲の同僚に聞こえよがしに囁いた。

「あれが社長の奥様なわけ? ブッサイクねえ、まるで死人みたい。私と全然似てないじゃない。私の方がずっと綺麗なのに!」

磨き上げられたガラスの壁に、今の私の姿が映り込む。

土気色をした酷い顔色。着膨れしたダウンジャケット。

確かに見られたものじゃないし、死にかけているのも事実だ。

「滅多なことを言うもんじゃないわよ!」

受付の同僚が声を潜めて警告した。

「あの方は城崎奥様よ。ただお化粧をしていないだけ。あの方が本気で着飾ったら、あんたが十人束になっても敵わないんだから」

「ケッ、信じられないわね」

綾瀬亜美は得意げに髪を払った。

古株の社員が私をチラリと見て、複雑な眼差しを向けた。

「彼女の機嫌を損ねたら、社長に消されるわよ」

「社長が一番愛しているのは奥様だって、みんな知ってるんだから」

同僚たちが城崎漣の私への愛を肯定したのが聞こえたのだろう。

彼女は面白くないようだった。

彼女はティーカップを持って私の前まで歩いてくると、居丈高に見下ろしてきた。

「城崎奥様、お茶をどうぞ」

甘ったるい笑顔だが、声には棘がある。

「社長の会議、まだまだ長引くみたいですよぉ。一度お帰りになって待たれてはどうですか? お体も優れないようですし、こんなところで風に当たるのも良くないでしょう?」

私はカップを受け取り、何も答えなかった。

だが、彼女は私を放っておくつもりはないらしい。

「実はぁ、私ずっと不思議だったんです」

綾瀬亜美は小首を傾げ、無邪気さを装う。

「社長はあんなに忙しいのに、どうして奥様をこんな場所で待たせるんでしょうね? もし私なら、彼はすぐに会議なんて放り出して飛んでくるはずなのに」

受付の同僚が顔色を変え、彼女の袖を引こうとする。

しかし綾瀬亜美はその手を振り払い、勝ち誇った目で言った。

「だって社長が言ってたもん。私が一番大切なんだって」

私は顔を上げ、静かに彼女を見つめた。

この二十二歳の小娘は、本当の残酷さというものをまだ知らない。

これまでにも、城崎漣は多くの女を家に連れ込んできた。

彼はその女たちを私への当てつけの道具として使い、幾度となく私の反応を試してきたのだ。

どうせ数日もすれば飽きて、追い払うことになるのだが。

だが、綾瀬亜美は違った。

彼は彼女を手元に置き、肩書きを与え、金を与え、さらには愛に似た何かという錯覚さえ与えている。

もしかすると一瞬くらいは、城崎漣も心を動かしたのかもしれない。

だが、それがどうしたというのだろう。

「そんなに大切なら」

私は静かに口を開いた。

「どうして城崎漣は、あなたを日陰者の愛人のままにしておくのかしら?」

綾瀬亜美の笑顔が凍りついた。

「彼を説得してみたら?」

私は薄く笑って問いかけた。

「私と離婚して、あなたと結婚するようにって」

「あんた——」

綾瀬亜美の顔が真っ赤に染まる。

「愛されていない方が浮気相手なのよ!」

彼女は金切り声を上げた。

「あんたこそが邪魔者なの! 社長はあんたのことなんか愛してない、愛してるのは私なんだから!」

オフィスの空気が一瞬にして張り詰め、全員の視線が私たちに集まった。

「亜美ちゃん!」

受付の同僚がついに駆け寄り、必死に彼女を羽交い締めにする。

「頭おかしいんじゃないの?!」

綾瀬亜美はまだ何か喚こうとしていたが、同僚たちに強引に引きずられていった。

廊下に再び静寂が戻る。

手元のティーカップに目を落とすと、水面に惨めなほど白い顔が映っていた。

彼女の言う通りだ。

私は確かに老けて醜くなったし、もうすぐ死ぬ。

でも、もう決めたことだから。

城崎漣のために怒ることも、悲しむことも、嫉妬することもしない。

なぜなら。

彼には、その資格がないからだ。

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