第3章

その時、佐藤真奈が私を呼び止めた。

「佐藤由紀菜さん、ちょっと待ちなさい」

私は足を止め、一度深呼吸してからゆっくりと振り返った。

佐藤真奈は神崎増山の腕を放し、神崎圭也の方へ歩み寄る。

その表情は、まるで道に迷った子羊を見つけたかのような、偽りの気遣いに満ちていた。

「圭也くん、もう少し慎重になった方がいいわ」

佐藤真奈は柔らかな声で言った。

「あなたは小さい頃から神崎家で甘やかされて育ったから、悪意を持った人に利用されやすいのよ」

彼女の視線は私の上で留まり、その言葉が誰を指しているかは明らかだった。

コメントが即座に活気づく。

【さすが本物のヒロイン! 優しさで敵を打ち負かす!】

【男の子って単純だよね、お金目当ての女の子に騙されないで!】

しかし、同調する多くのコメントの中に、ひときわ棘のあるものが一つあった。

【この子、昔、増山くんと由紀菜ちゃんの仲を邪魔してなかった? あの頃、二人が本物のカップルだったはずだけど?】

私は下唇を噛みしめ、大学一年の頃の辛い経験を思い出した。

私がようやく佐藤家を見つけ出し、実の娘として認めてもらおうと願った時、佐藤真奈は『本物の令嬢』として現れ、私を『偽物』として追い出したのだ。

自分の身分を証明する証拠はあったのに、佐藤家は十数年も家族として過ごしてきた佐藤真奈の方を信じることを選んだ。

それ以来、私に友好的だった同級生たちは次々と離れていき、まるで私が名家の娘を騙ろうとした詐欺師であるかのように扱われた。

そして今、彼女はまた同じ手口でやってきた。

私は沈黙を選んだ。どんな説明も、この場では虚しく響くだけだろうから。

「用件がそれだけなら、俺たちはもう行くよ」

神崎圭也が私の手を引き、毅然とした口調で言った。

その時、神崎増山の冷たい声が私たちの間を遮った。

「佐藤由紀菜、五百万円出す。俺の従弟から離れろ」

周囲の空気が一瞬で凍りついた。

佐藤真奈は驚いた顔をしたが、すぐに同情的な表情に切り替える。

「奨学金をもらっている学生なのに、そんなに欲張りな一面があったなんて……」

私は佐藤真奈の腕にあるカシオの腕時計に気づいた——神崎増山が着けているものと同じモデルだ。一万円もしない安価な腕時計。かつて神崎増山は、私が着けていたセイコーの腕時計を「安っぽすぎる」と嘲笑したことがあったのに。

記憶が突如として蘇る。実家と認められなかった後、佐藤真奈は佐藤家の玄関先で私にこう言ったのだ。

「根っからの田舎者は、いくらブランド品で着飾っても名家の令嬢にはなれないのよ」

それなのに今、彼女はわざと質素な服を着て、安物の腕時計をし、ごく普通の家庭出身であるかのように装っている。明らかに神崎増山の何らかの美意識に迎合するためだ。

かつてないほどの怒りが胸の中で燃え上がった。

「五百万円って、まるで五千万円みたいな言い方ですね」

私は神崎増山の目を真っ直ぐに見つめた。

「あなたの会社の四半期の利益は、その程度じゃないでしょう?」

私は佐藤真奈に向き直る。

「他人の令嬢の座を奪っておいて、今度は苦学生のふり。本当に面白いわね」

私の声は震え、目頭が勝手に熱くなる。

感情が昂り、ほとんど制御できない。けれど、彼らの前で泣きたくはなかった。

【悪役が可愛くなってきた、これってフラグ崩壊か?】

【もしかして本当のヒロインは由紀菜ちゃん?】

「行きましょう、こんな人たちと話す必要ないわ」

私は神崎圭也の手を引き、振り返らずにその場を離れた。

背後から神崎増山の声が聞こえる。

「佐藤由紀菜!」

私は止まらなかった。

神崎圭也は私を駐車場まで連れて行くと、彼の小さなホンダのドアを開け、シートベルトまで締めてくれた。その手つきは優しく慎重で、神崎増山の強引さとはまるで違っていた。

バックミラー越しに、神崎増山と佐藤真奈がその場に立ち尽くし、追ってこないのが見えた。

私はほっとしたが、それを口には出さなかった。

道中、神崎圭也は轍を注意深く避け、ことさら穏やかに車を走らせた。

「着いたよ」

神崎圭也は私のアパートの前で車を停めた。

私は彼を連れて階段を上がり、ドアを開けるとき、玄関の靴箱の上に置いた二千円札がまだあるかを無意識に確認した——これは私の緊急用の予備金だ。

神崎圭也は私の狭いワンルームのアパートを見回し、その目に嫌悪の色はなく、むしろ好奇心に満ちていた。

法学部で神崎増山を取り巻く連中より、彼のほうがずっと誠実だと、ふと思った。

「てっきり、『経済的な支援は受けられても、私の人格を侮辱することは許さない』みたいなことを言うのかと思ってた」

神崎圭也が正直に打ち明けた。

「私たちみたいな普通の家庭で育った人間は、そんなに気取ってないのよ」

私は笑って、冷蔵庫から小分けのヨーグルトを二つ取り出した。

神崎圭也はヨーグルトを受け取ると、窓の鍵がしっかり閉まっているかを確認してくれたり、私の冷蔵庫に食べ物があるかをチェックしたりしてくれている。

「卒業したらどうするつもり?」

彼は窓際の小さなテーブルに腰掛けながら尋ねた。

私はすぐには答えなかった。

神崎圭也は私がまだ神崎増山のことを考えているのだと誤解したのか、小声で尋ねた。

「まだ、辛い?」

「ラーメン屋をやりたいの」

私は唐突に言った。

神崎圭也は目を丸くした。

「ラーメン屋?」

「うん、九州の田舎で」

私は頷く。

「祖父のラーメン屋が、設備の老朽化で修理もできずに閉店しちゃったの。そこの豚骨ラーメンが、私の子供の頃の一番の思い出だから」

神崎圭也は、まるで初めて私という人間を知ったかのように、驚いた顔で私を見ていた。

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