第3章
アイリス視点
丸一晩。
私は屋敷の門の外で跪き続けた。膝の下には氷のように冷たく硬い石畳。深夜の寒風が刃物のように頬を切り裂く。私はボロボロになったクマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめたまま一晩中過ごした。
思い出す。かつて私がエイドリアンの代わりに弾丸を受け、両脚を撃ち抜かれて動けなくなった時のこと。彼は私を抱きかかえ、真っ赤な目で誓った。
「これからは俺が守る。お前に苦労はさせない」
今、彼は私をここに跪かせている。
夜が白み始めた頃、ようやく門が開いた。
現れたのはエイドリアンではなく、彼の配下の男だった。複雑な目で私を見て言う。
「ブラックウェル夫人……ボスがお呼びです」
私は壁に手をつき、ふらつきながら立ち上がった。だが、ホールは無人だった。
私は立ち尽くす。エイドリアンも、エヴリンも、あんなに大事に守られていたタイラーもいない。
胸の奥に、強烈な不吉の予感が走る。
私は猛然と振り返り、男の襟首を掴んだ。
「どこへ行ったの」
男は目を逸らし、口ごもる。
「言いなさい!」
「……ボスは、お嬢様の墓地へ」
手を放す。耳の奥で、激しい耳鳴りがした気がした。
私は屋敷を飛び出した。全身の痛みなど、もう欠片も感じなかった。
墓地は小さい。
イーデンは五歳だった。墓標も、小さな白大理石が一つあるだけ。
あの爆発の後、私は狂ったように海へ潜り、三日三晩探し続けた。けれど何も見つからなかった。焦げた服の切れ端と、わずかな骨片だけ。
それを箱に納め、ここに埋めたのだ。
今、エイドリアンが墓標の前に立っている。背後にはボディガードの群れ。数人が既に墓を掘り返し、土が脇に盛られていた。エヴリンはタイラーを抱いてエイドリアンの隣にいる。タイラーは顔を上げ、掘り返された穴を好奇心丸出しで覗き込んでいた。
ボディガードが穴から、あの小さな箱を取り出すのが見えた。
「やめて!」
私の絶叫が、朝の静寂を切り裂いた。
エイドリアンが振り返り、愕然とした目を向ける。
「アイリス? なぜここに」
私は狂ったように突進したが、即座に二人のボディガードが飛び出し、私の両肩を死に物狂いで押さえつけた。
「放して!」私は必死に暴れる。「何をする気! イーデンを放っておいて! もう死んでるのよ!」
エイドリアンの顔が急速に冷え、振り返って箱を受け取る。
「来たなら、ちょうどいい。その目でしっかり見ろ」
「これは罰だ。エヴリンとタイラーに手を出すなと警告したはずだ。だが、お前は聞かなかった」
「先にイーデンのぬいぐるみを壊したのは、あの女よ……」
私の声はボロボロにひび割れていた。
「だから今、跪け」エイドリアンが冷酷に遮る。「エヴリンに謝れ。自分が悪かったと認め、二度とあいつとタイラーを傷つけないと誓え。そうすれば、この箱は見逃してやる」
両脚から力が抜け、私は地面に崩れ落ちた。エイドリアンの手にある箱から目が離せない。
「……謝る。私が悪かった。もう二度と、あの女には触らない」
私は頭を下げる。額を冷たい泥に押し当てた。
「お願い……イーデンを放して。私が悪かったから」
――私が悪いはずなどない。
イーデンを殺したのは彼らだ。エヴリンが敵対組織と通じ、三年前の港の抗争を仕組んだ。エイドリアンは二人の子どもの間で、あの野犬のような私生子を選んだのだ。
どうして私が謝らなければならない?
私は顔を上げる。
「エイドリアン。もしそれに指一本でも触れたら、私は一生、来世も、その先も……絶対にあなたを許さない」
エイドリアンの顔色が一変する。エヴリンがそっと彼の袖を引いた。
「エイドリアン、ほら。全然わかってないわ。口では謝ってるけど、目は憎しみでいっぱいよ」
タイラーも怯えた声で言う。
「パパ、怖いよ。昨日、あの人ママを殺そうとした」
エイドリアンは私の目をじっと長い間見つめ、やがて背を向けた。墓地の端にある人工湖へと歩いていく。
「なら、仕方ない」
彼が腕を振り抜く。
箱が宙で弧を描き、湖畔の岩に激突して粉々に砕け散る。中の灰と残渣が瞬時に朝風に舞い、氷のような湖水へと呑み込まれ、跡形もなく消え失せた。
「いやあああっ!」
私は身を裂くような絶叫を上げ、ありったけの力でボディガードの拘束を振りほどく。
湖畔へ転がり込み、両手で狂ったように水面を掻き回す。何かを掬い取ろうと必死に。けれど何も掴めない。指の隙間をすり抜けていくのは、冷たい水だけだ。
なくなった。
何もかも、なくなった。
この世に残された私の最後の拠り所が、かつて最も愛した男の手によって撒き散らされた。
胸の奥に、引き裂かれるような激痛が走る。叫ぼうと口を開いた瞬間、真っ赤な血が噴き出した。
視界が暗転し、私は冷たい地面へと倒れ伏す。
最後に聞こえたのは、エイドリアンのひどく狼狽した声。
「アイリス! 医者を呼べ!」
夢を見た。イーデンが遠くに立っている。
あの日、爆発に呑まれた時の服のまま。全身が焼け焦げ、茫然とした、ひどく苦しげな瞳で私を見つめていた。
「ママ、どうして助けてくれなかったの?」
「どうして、私の最後の家を壊させたの?」
泣き声の混じったその声は、一語一語が鋭い刃となって私の心臓をえぐっていく。
「ママは共犯者だよ。私を殺した」
「憎い」
「一生、許さない」
私は手を伸ばし、彼女を抱きしめようとする。
「イーデン、行かないで。ママが悪かった、ごめんね……!」
けれど彼女は悲鳴を上げて身をかわし、その姿はどんどん遠ざかり、最後には深い闇の中へ溶けて消えた。
「イーデン! イーデン!」
私は跳ね起きた。自分がベッドの上にいることに気づく。
エイドリアンが枕元に座っていた。私が目を覚ますなり、すがりつくように手を握ってくる。
「目が覚めたか、アイリス。……よかった。死ぬかと思った。丸一日も意識がなかったんだぞ。医者は、極度の心労と古傷の悪化だと言っていた」
彼は声音を柔らげる。
「俺が悪かった。あの時は、どうかしてた」
「湖はもう手配してさらわせている。拾えるだけ拾う」エイドリアンは続ける。「約束する。これがエヴリンのためにやる最後だ。数日中に、あいつとタイラーは国外へ出す。お前の目に入らない場所へな。俺は一生かけて、お前に償う」
私はぼんやりと天井を見つめた。頭の中はイーデンの顔で埋め尽くされている。
――憎い。
――一生、許さない。
私が彼の言葉にいっさい反応しないのを見て、エイドリアンが焦りを見せた。私の肩を掴み、乱暴に揺さぶる。
「何か言え! その死んだ目は誰に見せてる! 償うって言っただろ!」
私は彼を力任せに押しのけ、ベッドから身を起こし、その顔面に向かって何度も、何度も拳を振り下ろした。
エイドリアンは呆然とし、一切の抵抗をしなかった。鼻から血が流れ落ちても、微動だにしない。
殴り疲れ、指の関節が裂けて鮮血が滴り落ちる。私は彼を冷たく見下ろし、告げた。
「償いなんていらない。エイドリアン――命で返せ」
