第1章

 私はアーサーのために千年を捧げ、彼を神王の玉座に据えた。

 なのに彼は、私たちの婚約大典の場で、別の女を神后として迎えると言い出した。

 前の生では、私は彼のために最後の一滴まで血を流した。

 リリスには天使の血が必要だと彼は言い、私は信じた。結果、私は神罰柱に縛りつけられ、刃で――一刀、また一刀と胸を裂かれた。

 一族は「叛逆」の名のもとに、皆殺しにされた。

 死の間際になってようやく知った。楚々として可憐な「聖女」など仮の顔で、その正体は深淵の魔女だったのだと。

 二度目の人生。高く神座に座る彼を見上げても、湧くのは吐き気だけ。

 私は衆目の前で婚を壊し、熾天使の一族を連れて去る。

 今度こそ、彼が自分の撒いた種を食らうさまだけを見たい。

――

 私は聖殿の中央に立ち、神王の宝座に居座るアーサーを冷ややかに見据えた。

 その手には、か弱い女の手が繋がれている。

 リリス。天界で新たに名を上げた、癒やしの「聖女」。

「セシリア。リリスは私を救うために神魂を傷つけた」

 不服など許さぬ威厳を帯びた声が、大殿に鳴り響く。

「彼女は天界の大功臣だ。本日の大典は褒賞に留まらない。リリスを神后として迎える日とする」

 その宣言が落ちた瞬間、場はざわめきに包まれた。

 権天使や力天使たちがひそひそと囁き合い、視線は一斉に私へ突き刺さる。

 誰もが知っている。熾天使一族の族長であり、神聖軍団の最高統帥であるこの私セシリアこそ、千年にわたりアーサーに寄り添ってきた正統な婚約者だ。

 彼を神王として盤石にするため、私は熾天使を率いて深淵と三百年戦い続けた。

 それなのに――私たちの婚約大典で、別の女を迎えるだと?

 リリスはアーサーの胸に身を預け、怯えた子鹿のような目で私を見た。

「セシリアお姉様、どうか陛下をお怒りにならないでください。全部、私が悪いんです……深淵の戦場で、陛下の代わりにあの一撃を受けてしまって……」

「私は名分なんて要りません。ただ陛下のおそばにいられれば……侍女でも、喜んで」

 言葉が進むほど、目尻が赤く滲み、涙が今にも落ちそうで落ちない。

 アーサーは彼女をいたわるように抱き寄せ、そして私を睨みつけた。

「セシリア、リリスの健気さを見ろ!」

「神聖軍団の統帥たる者、度量を持て。今日の件は同意するしかない。同意しようとしまいと、決定だ!」

 その正義面した口ぶりに、胃の奥がぐらりと反転する。

 前の生の記憶が、濁流みたいに押し寄せた。

 前の生の今日も、私はここに立っていた。

 その知らせを聞いて私は発狂したように彼を問い詰め、リリスに手を出そうとした。

 結果は?

 アーサーはその女を守るため、私の六枚の翼を一撃で貫いた。

 天界の衆目の前で、統帥の座は剥奪された。

 それからリリスは病を装い、「熾天使の血でなければ神魂は癒えない」と泣きついた。

 アーサーは迷いなく私を神罰柱へと繋いだ。

 自分の手で、胸を――一刀、また一刀と裂き、神血を絞り尽くした。

 死ぬまで忘れない。アーサーの背に隠れたリリスが、口元に浮かべたあの毒々しい冷笑を。

 筋を抜かれ、骨を砕かれ、私の一族は「叛逆」の名で皆殺しにされた。

 心臓の芯を貫くあの絶望を、二度と味わう気はない。

 生き直した今も、彼は変わらない。身勝手で、偽善的で、反吐が出る。

 私がなかなか口を開かないせいで、周囲の神々が小声で囁き始めた。

「セシリア統帥、何も言わないな。怒りで頭が真っ白なのか?」

「気の毒だよな。あれだけ尽くしたのに、結局は別の女か」

「しっ、声を落とせ。神王も恩返しって言い分だろ」

 アーサーは私の沈黙を、いつもの譲歩だと勘違いしたらしい。

 高みから施しを投げるように言う。

「セシリア。今日、素直にリリスを受け入れるなら、お前にも居場所は用意してやる」

「本王の気持ちは変わらない」

 私は鼻で笑った。

 アーサーが眉をひそめる。

「何がおかしい?」

 私は顔を上げ、氷のような目で彼を射抜く。

「笑ってるのは、あんたが目も心も腐ってるってこと」

「私が、あんたの心なんか欲しがると思う?」

 右手を掲げると、掌に金色の輝きが凝結した。

 先代の神王が遺した婚約の結晶。あのとき確かに、私とアーサーの婚約はそれで定められた。

 アーサーの顔色が変わる。

「セシリア、何をする気だ?!」

 私は五指を握り込んだ。

 砕けぬはずの婚約の結晶が、私の手の中で粉塵へと潰れる。金の粉がさらさらと宙に舞った。

 場が凍りつく。

 誰もが目を見開き、信じられないものを見るように私を見た。

 リリスも固まり、泣く芝居すら忘れている。

 私は冷えた声で、断ち切るように告げた。

「今日をもって、私たちの婚約は無効よ」

 アーサーが勢いよく立ち上がり、顔を怒りで染める。

「セシリア! 自分が何をしているか分かっているのか? 公の場で婚約を破棄する気か?!」

「先に私を汚したのはあんたでしょう。嫌がって何が悪いの?」

 私は一歩も引かずに見返した。

「アーサー。この千年、あんたのために命を懸けてきたのは、私たち熾天使一族よ」

「その、泣いてばかりの役立たずが私より大事なら――どうぞ、お似合い同士で一生縛り合ってなさい」

「私は付き合わない」

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