第3章

 一月のニューヨークだった。クーリー邸の私設礼拝堂の石床は、氷の塊のように冷え切っていた。

 私は大柄な警備員に二人がかりで押さえつけられ、膝をつかされた。冷たさが骨の芯まで染み込み、左脚の奥を鋭くえぐるような痛みが走る。

 何年も前、私は炎上する倉庫からダミアンを引きずり出した。屋根が崩れた。彼の代わりに梁を受けた。脚の骨は粉々に砕けた。

 彼はあの傷跡にキスをしてくれたことがある。もう二度と私を苦しませないと、そう約束した。

 約束したのは彼だ。私を膝まずかせたのも、彼だ。

 二日間、誰も食べ物を持ってこなかった。水もない。

 唇は裂けて血がにじみ、視界は滲んだ。関節に針を突き立てられるような痛みが、一秒一秒にまとわりつく。

 倒れそうになった、そのとき。重いオークの扉がぎい、と軋んで開いた。

 セリーナが、ブランド物のコートを羽織って入ってきた。彼女は私を見下ろし、笑みを浮かべる。

「ダミアンが、もう立っていいって言ってたわよ」勝ち誇ったように言った。

 私はようやく顔を上げただけだった。

「ほんと、感謝しなきゃね、クロエ」セリーナは笑い、私の膝の上に携帯を放り投げた。「自分の死んだ娘のせいにして、私の息子を守ってくれたんだもの。天国から、優しいお母さんを誇らしく見てるんじゃない?」

 血の気が引いた。「……何ですって?」

 私は携帯に手を伸ばした。

 声明文。投稿されている。ダミアンが私のアカウントを使ったのだ。

 コメント欄をスクロールする。何千件も、容赦なく。

「名前はロージーっていうの? なんて生意気なガキ。罪のない男の子を殺しかけたんじゃん!」

「生まれつきの悪。爆発してくれてよかった」

「もったいない、可愛かったのに。死ぬ前に俺に遊ばせとけばよかったのに」

 頭の中が真っ白になった。

 脚の痛みが消えた。その代わり、内側から引き裂かれるような、暴力的な怒りが全身を満たした。

 私はよろめきながら立ち上がり、礼拝堂を飛び出した。

 正面の廊下でダミアンに真っすぐぶつかった。私は彼のシャツの襟を掴んだ。

「どうして……!」叫び声が裂けた。「どうしてあんなこと言わせるの!? 私たちの娘のことを、あんなふうに!」

 ダミアンは眉をひそめ、私の手を引きはがそうとした。「ネットは忘れる、クロエ。ロージーはもういない。でもレオは生きている。生きてる子どもを苦しませるわけにはいかない。お前が真実を漏らさなければ、俺だってこんなことをする必要はなかった」

 私じゃない!

 でも、狂人に言い返したって意味がない。

 私の目は見開かれ、空っぽで、どこか壊れていた。「言ったでしょう。娘を侮辱したら、あなたの目の前で死んでやるって」

 ダミアンの動きが止まった。本当にやるとは思っていなかったのだろう。けれど私の顔を見た瞬間、彼の胸に本物の恐怖が突き刺さった。

 もし私がやったら? ロージーのところへ行くことを選んだら?

 彼は震え始めた。「馬鹿なことするな! 国内最高の広報チームを呼ぶ! ネットを全部消させる! もう誰にもロージーの悪口なんて言わせない、誓う!」

 私は襟から手を離した。声は死んだみたいにかすれていた。「急いだほうがいいわ」

 ダミアンは息を吐いた。私を宥められたと思ったのだろう。

 そのとき、セリーナが廊下に入ってきた。

 誰かが口を開く前に、玄関の扉が破裂するように開いた。

 錯乱した、身なりの崩れた男が突進してきた。警備が突破されたのだ。

「セリーナ、この嘘つき女!」男は叫び、目をぎらつかせた。「俺の息子に、別の男をパパって呼ばせやがって! 殺してやる!」

 手の中で狩猟用ナイフが光った。男は一直線にセリーナへ飛びかかった。

 セリーナが恐怖で悲鳴を上げた。

 一秒の迷いもなく、ダミアンがセリーナへ身を投げ出した。

 彼はセリーナを床へ押し倒し、転がるようにして刃の軌道から外し、自分の体で彼女を包み込むようにして盾になった。

「大丈夫か!?」ダミアンは喘ぎ、必死にセリーナの顔を確かめた。「怪我は!? やられたのか!」

「大丈夫……」セリーナは青ざめた顔で言葉を詰まらせた。「でも、クロエが……」

 ダミアンが凍りついた。

 彼はゆっくりと首を回した。

 彼はセリーナを完璧に守った。そのせいで、私の背中は完全に無防備になっていた。

 私は大理石の床に崩れ落ちた。脇腹の深い刺し傷から血が溢れ、濃い赤の輪を描くように広がっていく。

 目を開けると、病室の刺すような白い光が視界を焼いた。

 消毒薬の匂いが鼻をつんと刺す。

 ダミアンがベッド脇で身を落としていた。私が少し身じろぎした瞬間、彼は弾かれたように顔を上げ、必死で、息が詰まるほど強く私を抱きしめた。

「よかった……」彼は嗚咽した。怯えた子どもみたいに声が震えていた。「生きててくれて……本当に……」

 彼は身を離した。触れることすら許されないニューヨークの王が、まるで乞食のようだった。髪は乱れ、目の下には濃い隈。何日も剃っていない無精髭が顎を覆っている。

「君が死んだら、俺はどうすればいい?」喉を詰まらせた。「君がいない人生に、何の意味がある?」

 私は痺れたまま彼を見つめた。「セリーナの様子を見に行くべきじゃない? 命を懸けて守ったのは、彼女のほうでしょう」

 ダミアンがびくりとした。「セリーナは無事だ。でも、君が……」

 彼は私の手を掴み、自分の頬に押し当てた。「考える暇がなかった! 反射的だったんだ、君を晒すつもりなんてなかった! 命を懸けて守りたいのは君だけだ。償わせてくれ。頼む」

 私は口角をわずかに引き上げ、弱く、嘲るように笑った。何も言わなかった。

 それから数日間、ダミアンは私のそばを離れなかった。

 食べさせ、身体を拭き、私が痛みでうめけば、四十八時間ぶっ通しで起きたまま手を握り続けた。

 まるで、セリーナが戻ってくる前の穏やかな日々みたいだった。

 だが、その平穏は砕け散った。

 携帯が震えた。セリーナからのメッセージ。

「もし私があなたなら、娘の墓を見に行くわ」

 冷たい恐怖の棘が胸に突き刺さった。

 私は腕の点滴を引き抜いた。脇腹を裂くような痛みも無視して、病院を飛び出し、土砂降りの雨の中を走った。

 ようやく墓地に辿り着いたとき、世界は灰色の滲みになっていた。

 黒いスーツの男たちが群れを成し、ロージーの墓を取り囲んでいる。

 そこにダミアンが立っていた。黒い傘を手に。彼は振り返り、目を見開いた。

「クロエ? どうしてここに……?」

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