第3章

芹奈視点

一時間後、私は森崎邸へと戻った。

沈みゆく夕陽が、裏庭を黄金と朱色に染め上げている。私は恵子に大きな火鉢を庭へ持ち出させると、そこへ次々と物を投げ込み始めた。

「芹奈、何をしているんだ?」

明良が血相を変えて駆け寄ってくる。

「明良さんのために、最後にできることをしているの」私は目に涙を浮かべながら、彼が大切にしていた限定品のロレックスを高く掲げた。「天国で寂しい思いをしないように、彼のお気に入りの品々を燃やしてあげたくて」

「待て!」彼は私を止めようと身を乗り出した。「芹奈、その時計は極めて高価なものだ……」

「ええ、知っているわ」頬を伝う涙をそのままに、私は彼に向き直る。「だからこそ燃やすのよ。貴重なものだからこそ、彼が何より愛したものだからこそ」

躊躇いもなく、私はその時計を炎の中へと放り込んだ。

明良の手は固く握りしめられ、血管が怒張して浮き上がっている。

明良の愛用品を次々と火にくべていくと、ついに彼は耐えきれなくなったようだ。「芹奈……それらの品は……その、もう少し……」

「もう少し、何ですか?」私は顔を上げた。「翔一さん、もしかしてこれらの品が惜しいのですか? これらは明良さんのものです。妻である私がこうしてあげるのは当然でしょう?」

「い、いや……惜しいわけじゃないが……」彼は苦し紛れに言葉を絞り出す。「ただ、あまりにも勿体ないような気がして……」

「勿体ない、ですって?」私の声が上ずり、さらに涙が溢れ出した。「翔一さん、彼はあなたの弟なんですよ! 双子の兄弟でしょう! それなのに、これを勿体ないと言うのですか?」

集まっていた親族たちがざわめき始めた。

「翔一さんがあんなことを言うなんて」

「芹奈さんのしていることは立派だわ」

自分の失言に気づいた明良は、慌てて弁解した。「いや、そういう意味じゃなくて……僕はただ……」

「わかっています」私は涙を拭い、声色を優しく変えた。「あなたもお辛いのですよね。双子の弟を亡くすなんて……私には想像もできないほどの苦しみでしょうから」

「芹奈……」

「大丈夫です」私は柔らかく微笑んだ。「あなたの痛みは理解しています。でも、明良さんのことを忘れてはいけません。これらは彼が最も大切にしていた宝物なのですから。天国からこの様子を見れば、きっと喜んでくれるはずです」

私は小さな絵画を手に取った。「これは、彼が一番気に入っていたモネの原画です。覚えていますか? 彼はいつも、これが至高の芸術品だと言っていました」

明良の顔からさらに血の気が引いていく。「そ、その絵は……」

「どうかなさいましたか?」私は不思議そうな顔を作ってみせた。「翔一さん、私よりも辛そうな顔をされていますね。たとえこの絵に二億円の価値があろうとも、明良さんにとってはそれ以上に大切なものでした。彼のためにこれを燃やしてあげれば、きっと浮かばれます」

明良は言葉を失い、私が二億円相当の絵画を火の中に投じるのを、ただ呆然と見送ることしかできなかった。

揺らめく炎が、彼の苦悶に歪んだ顔を照らし出す。

(どんな気分かしら、森崎明良? 愛してやまない財産が灰になっていくのを、ただ指をくわえて見ているしかない気分は。『やめてくれ』の一言さえ言えないなんてね。でも、これはほんの始まりに過ぎないわ)

―――

「翔一さん、お夕食の準備が整いましたわ」

「遺品」を燃やし尽くした後、私は涙を拭い、未だに失われた資産を悼んでいる明良に優しい眼差しを向けた。

「……ああ、そうだね」彼は引きつった笑みを浮かべた。「食堂へ行こう」

クリスタルのシャンデリアが温かな光を投げかけ、銀の食器が蝋燭の灯りに煌めいている。明良と私は向かい合って座り、その横に純香、そして数人の親族も同席していた。

恵子が最初の一皿――トリュフのトーストを添えたフランス産フォアグラを運んできた。

明良は平然とした様子で、何の問題もなく前菜を平らげた。

続いてクリームマッシュルームスープが出されたが、それも普通に口にした。

(焦らないで、芹奈。本当のショーはこれからよ)

「今夜のメインディッシュはとても特別なんです」私は優雅にスプーンを置いた。「新しいシェフの得意料理で、十種類以上のスパイスが使われているの」

恵子が運んできたのは、秘伝のソースを添えた和牛ロースの香草焼きだった。

見た目も美しく、香りも素晴らしい。明良は疑う様子もなく肉を切り分け、ソースを絡めて口に運んだ。

「これは美味いな」彼は頷いた。「このソースは格別だ」

彼が食べ続けるのを見つめながら、私は微笑んだ。(ええ、とても特別よ。だってそこには、あなたが絶対に口にしてはいけないものが入っているんだもの)

五分ほど経った頃だろうか、明良の様子がおかしくなった。しきりに喉のあたりを気にし、軽い不快感を感じているようだ。

さらに数分が過ぎると、彼の顔がほんのりと紅潮し始めた。

「翔一さん、大丈夫ですか?」私は心配そうに尋ねた。「お顔が赤いですけれど」

「ああ、大丈夫だ。少し部屋が暑いだけだよ」彼はネクタイを緩めた。

しかし、私は彼がこっそりと喉元に触れ、呼吸が荒くなっているのを見逃さなかった。

「このソース、何か特別な材料を使っているのか?」

明良は平静を装いながら、不意に恵子へ尋ねた。

「主にローズマリー、タイム、オリーブオイル……」恵子は材料を挙げ始めた。「それからシェフの隠し味で――確かピーナッツバターと……」

言い終わる前に、明良の顔色が土気色に変わった。

(ピーナッツ。あなたの重度のアレルギー源ね)

彼の手が震え、額に脂汗が滲んでいるのが見えた。自分が何を食べてしまったのか悟ったようだが、もう手遅れだ。

「翔一さん?」私は心配そうに声をかけた。「顔色が真っ青ですわ。ご気分が優れないのですか?」

「だ、大丈夫だ」明良は必死に平静を保とうとした。「今日の疲れが出ただけだろう」

だが、アレルギー反応は確実に進行していた。唇がわずかに腫れ始め、目が充血していく。

「お医者様をお呼びしましょうか?」

立ち上がろうとすると、「いや!」と明良が鋭く制止した。「本当に何でもないんだ。ただ疲れているだけだから」

それからの三十分間は、明良にとって地獄のような時間だったに違いない。何事もない振りをしながら、刻一刻と悪化するアレルギー症状に耐えなければならなかったのだから。

一口ごとに飲み込むのも辛そうな彼の姿を見ながら、私は暗い愉悦に浸っていた。

「そういえば……」ついに限界が来たのか、明良は慌ただしく席を立った。「会社で急な会議があったのを思い出した」

逃げるように去っていく背中を見送りながら、私は口の端を吊り上げた。(どこかでこっそりアレルギーの処置をしてくるといいわ)

案の定、翌日から明良はニューヨークへ「出張」に出かけた。

――一週間後。

青葉カントリー倶楽部には眩しい日差しが降り注ぎ、芝生はエメラルドグリーンに輝いていた。

「芹奈!」理奈が温かく抱きしめてくれた。「だいぶ顔色が良くなったわね」

「時間が薬ね」私は弱々しく微笑んだ。「いつまでも悲しんでいたら、明良さんに叱られてしまうもの」

「翔一さんは?」別の友人が尋ねた。「出張から戻ったの?」

「ええ、昨日帰国したわ。今日もここに来るはずよ」

一時間ほどで明良が現れた。顔色はすっかり元通りになり、アレルギーの痕跡は微塵もない。

「翔一! 出張はどうだった?」友人たちが挨拶に集まる。

「ああ、順調だったよ。少し疲れたけれどね」と明良は愛想よく応じた。

「せっかくみんな揃ったんだし、厩舎へ行ってみない?」不意に理奈が提案した。「翔一、あなたの乗馬姿を見るのも久しぶりだわ! サンダーも寂しがっているんじゃない?」

明良の表情が瞬時に強張った。

「乗馬か……いや、最近体調が優れなくてね……」

「まさか」友人たちは驚いた。「翔一、君はこの中で一番の乗り手じゃないか!」

「そうですよ!」私はわざとらしく加勢した。「翔一さんは子供の頃から乗馬が大好きでしたもの。サンダーもずっとあなたを待っていますわ」

サンダーは翔一さんの愛馬で、気性の荒い純血のアラブ種だ。翔一さんにしか懐かない。

「それに……」私は声を詰まらせた。「明良さんの一番の心残りは、乗馬を習わなかったことでした。いつかあなたに教えてもらいたいと、いつも言っていたのに、もう……」

最後までは言わなかったが、意味は十分に伝わった。

その場の誰もが心を打たれていた。

「翔一、断るんじゃないよ」

「明良のためにも、芹奈さんのためにも」

追い詰められた明良は、渋々頷くしかなかった。「わかった……乗るよ」

二十分後、厩舎にて。

サンダーは聞き慣れた足音を聞いて興奮したように嘶いた。だが、明良の姿を認めると、いつものように主人へ駆け寄るどころか、警戒して距離を取った。

「変ね、どうしてサンダーは翔一がわからないのかしら?」理奈が首を傾げる。

「久しぶりだからよ」私は助け船を出した。「翔一さん、挨拶してあげて」

明良はおずおずとサンダーに近づいたが、馬はいら立ちを募らせ、前足で地面を掻いた。

「サンダー、僕だよ……」明良が撫でようと手を伸ばすと、サンダーは鼻息を荒くして後ずさった。

(賢い子ね。この男が主人じゃないとわかっているんだわ)

「乗ってしまえば落ち着くんじゃないか?」誰かが言った。

皆に促され、明良は意を決して馬上の人となった。

最初こそサンダーは大人しくしていたが、時間が経つにつれ、この賢い馬は背中の人間が偽物だと確信を深めていったようだ。

突然、サンダーが怒りの嘶きを上げ、大きく前足を跳ね上げた!

「危ない!」

明良に暴れる馬を御せるはずがない。激しく身をよじったサンダーに振り落とされ、彼は地面に激しく叩きつけられた。

パキリ、と骨の折れる乾いた音が響く。

「大変だ! 救急車を呼べ!」

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