第110章

林田知音は、こんな高い品を見たことがないわけじゃない。嫁ぐ前なら、値札の数字に頭を抱えることもなかったはずだ。けれど目黒家に入ってからというもの、そもそも大金を使って買い物をする機会が、ほとんどなかった。

目黒雲月が渋ったわけではない。思い返せば、あの数年――自分の物欲が、底まで落ちていたのだと思う。

「手元に、そんな現金ないの……」

林田知音はさすがに気まずそうに言い、「ちょっと気に入ったスーツがあってさ。デザインも、けっこう珍しくて」

「誰に買うの?」

木下実初が不機嫌そうに訊いた。けれど相手の見当はついている。胸の奥が、つんと酸っぱくなる。

「日野成謙って小僧でしょ?……貸...

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