第7章
「ドローン?」
「今日はまた誰かが告白するみたい!」
クラウドレストランでドローンを使った告白なんて、もう珍しくもない。けれど実際にここまで金をかけて、こんな都会的なロマンを演出する人がいると、やっぱり少し羨ましくなってしまう。
林田知音は驚きに目を見張った。夜空に散っていた無数の光が緻密な計算のもとに次々と並び替わり、やがて三人家族の姿を描き出す。
「君とらいちゃんは、これから先もずっと、俺の人生でいちばん大切な存在だ」
林田知音の目頭が熱くなる。気づけば涙がこぼれていた。嬉しいのに、どこか怖い。あまりにも現実味がなくて、まるで夢の中にいるみたいだった。
「目黒雲月……こんなことをしてくれるなんて、私たちの関係はもう、私の片想いだけじゃないって……そう思ってもいいの?」
「林田知音。あの頃のことは、俺たちのどちらにも非があった。けど、君と結婚したことを後悔したことはない。この数年、君が家庭を守って、らいをきちんと育ててくれたからこそ、俺は仕事にすべてを注げた。最初から君だけの独りよがりなんかじゃない」
目黒雲月は林田知音の手を握り、ティッシュを差し出して涙を拭ってやる。
「だから、俺を信じてほしい……」
「信じてる。ずっと、信じてる……」
「今こんなことを言うのは空気を壊すかもしれないけど、一つだけ、頼みを聞いてくれないか」
相手は、あの目黒雲月だ。
今日まで、林田知音は自分の結婚生活を冷えきったものだと思っていた。けれど今夜の彼は、機嫌を取り、心を砕き、これまでにないほど低い姿勢を見せている。
「言って」
「雨芽の時間は、あと一か月しかない」
「……」
林田知音の顔色が、さっと変わった。
「それで?」
声の温度も同時に冷えきる。ついさっきまで胸を満たしていた感動は、一瞬で半分以上消え失せた。
目黒雲月の表情はたしかに気まずそうだった。仕事では苛烈な決断を下す男のくせに、今日の林田知音は、彼のそんならしくない顔をいくつも見せられている。
「まさか、ここへ来る時に私が言ったこと、そのまま当たりってわけじゃないでしょうね?」
林田知音はグラスを持ち上げ、そっと一口含んだ。視界の端で目黒雲月の反応を捉えた途端、その酒がやけに喉を刺す。呆れとも笑いともつかない顔で、彼女は言った。
「本当だったの?」
「林田知音。今の俺が雨芽に抱いてるのは妹みたいな気持ちだけだ。けど、若い頃はたしかにお互い好意を持っていた。もし、あの――」
その先を、林田知音が引き取る。
「もし五年前のあの夜がなかったら。あの事故がなかったら。私が現れなかったら。あなたと彼女は一緒になっていた――そういうことでしょう? 誰もが羨む、完璧な二人になれていた。そう言いたいんでしょう?」
「知音。たった一か月なんだ」
目黒雲月はわずかに眉を寄せた。
林田知音はそんな彼を見つめたまま、しばらく何も言わない。その沈黙に、目黒雲月は断られるかもしれないと思った。だが次の瞬間、彼女はあっさりとうなずいた。
「いいわ。私は構わない」
そう言ってグラスを持ち上げ、目黒雲月のグラスに軽く触れさせる。
「今夜のあなたの演出にお礼を言うと思えば、懐の深い目黒夫人を続けるくらい、ちゃんとしないとね」
目黒雲月はほっと息をついた。
「ありがとう。この一か月、外で何を言われようと、君だけはわかっていてほしい。あれは全部、その場を取り繕うための芝居だ」
「ええ、わかってる」
目黒雲月は、ひどく安堵していた。
そうだ。こういう穏やかな林田知音こそ、自分の知っている林田知音なのだ。いつも家で自分とらいの世話をきちんとしてくれる、あの林田知音。病院で全身に棘をまとっていたあの日の彼女は、ただの気まぐれな例外にすぎない。
林田知音はずっと淡い笑みを浮かべていた。目黒雲月が心底安心したのを見て、彼女の笑みはむしろいっそう深くなる。
本当に感謝しなくてはならないのだろう。今夜の目黒雲月に。この夜のために用意されたすべてに。
少女だった頃の片想いが思い描いた幻想を、ひとつ残らず叶えてくれたことに。
そして同時に、その幻想が完全に砕け散る瞬間まで、はっきり見せてくれたことに。
その時、目黒雲月のスマホがまた鳴った。
彼は画面をちらりと見ただけで、無意識に眉をひそめる。すぐに音を切り、スマホを伏せた。林田知音はそれを見ても、見なかったふりをして、クラウドレストランの特選料理を口に運ぶ。
だが着信は止まらない。一本、また一本と続き、目黒雲月の苛立ちは目に見えて募っていく。
林田知音は口元を拭ってから、静かに言った。
「出たら? 若い頃の縁って、何より大切なんでしょう?」
その声はあまりにもやわらかく、目黒雲月はそこにどれほどの皮肉が混じっているのか、まるで気づかなかった。ただ今日の自分の振る舞いに心を打たれた林田知音が、理解を示してくれているのだと思い込む。
そして同時に、もう一つ確信する。
林田知音は昔と変わらない。情にほだされやすく、穏やかで、扱いやすい。
彼は電話に出た。林田知音は窓の外を眺めたまま、それでも目黒雲月の耳元から漏れてくる、野呂雨芽の泣き声を聞いていた。
「どうした?」
「雲月さん、病院に一人でいるの、怖い……うぅ……」
「一人? おじさんとおばさんは?」
「家に用事ができて帰ったの。今日またMRIを受けて……今、すごくつらくて……来て、そばにいてくれない?」
目黒雲月は林田知音を一瞥し、きっぱりと言った。
「雨芽、悪い。今日は本当に行けない」
「お仕事中なの?」
「俺は……ああ、今日は会社のことが立て込んでてな。本当に動けないんだ。明日、見舞いに行く。それでいいか?」
「ごめんなさい、雲月さん。お仕事の邪魔しちゃったね。じゃあ、頑張って……切るね」
野呂雨芽は、そのまま電話を切った。
目黒雲月がスマホを下ろし、顔を上げる。するとすぐ、林田知音の視線とぶつかった。
その一瞬、目黒雲月はひやりとする。彼女の目に、冷たい光がよぎった気がしたのだ。だが見直せば、そこにあるのは穏やかなやさしさだけだった。
「行ってあげなくていいの?」
「今日は誰にも邪魔させないって、約束しただろ」
目黒雲月は自分から林田知音のグラスに酒を注いだ。
だが注ぎ終えた直後、スマホにメッセージが表示される。彼はひと目見た瞬間、血の気が引いたような顔でスマホをひったくり、慌てて電話をかけ直した。
「雨芽がまた馬鹿な真似をしようとしてる!」
