第82章

息もできず溺れかけていた人間が、ふいに流木をつかんだみたいだった。真っ暗な地獄に、一本だけ陽が差し込む――そんな感覚。

林田知音は彼を見つめたまま、どれくらいそうしていたのかも分からない。気づけば、涙がぽろりと落ちていた。

彼の腕の中から、そっと身を引く。慎重に布団をめくってベッドを降り、自分の上着を手に取ると、寝室を出た。

ドアが閉まる、その瞬間。

ベッドで眠っていたはずの男が、ゆっくりと目を開けた。日野成謙は天井を見上げ、やれやれと息を吐く。いつもなら冷静で、感情を表に出さない自分が、ここ最近は一日中むすっとしていた。なのに今は――しぼんだ風船みたいに、力が抜けている。

林田知...

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