第2章

 ドアを押し開けた。

 ドアは大きく開き、鈍い音を立てて壁にぶつかった。

 ベッドの上の動きが、ぴたりと止まった。

 息ができなかった。何も考えられなかった。ただ、見つめることしかできなかった。

 結衣の後ろで、拓海が膝をついていた。彼は背後から彼女を激しく突いていた。二人の体には汗が光り、部屋にはセックスと安物のビールの匂いが充満していた。

 彼は勢いよくこちらを振り向いた。その目は見開かれ、まるで大型トラックのヘッドライトに照らされた鹿のような顔をしていた。

 結衣は怯むことさえしなかった。乱れた金髪のまま、拓海のベッドのヘッドボードに寄りかかっていた。彼女は拓海の肩越しに私と視線を合わせると、なんと、ニヤリと笑ったのだ。きれいに整えられた眉を片方だけ上げ、まるで「あら、やっと気づいたのね」とでも言いたげだった。

「佐々木!」拓海は慌てて後ずさりし、マットレスから転げ落ちそうになった。床に落ちていたくしゃくしゃのティーシャツを必死に掴み取り、自分の股間を隠した。

「佐々木、待ってくれ、なぁ、話を聞いて!」彼は青ざめた顔でどもりながら言った。

「違うんだ、これは誤解だ!」

「私のサークルの仲間と、素っ裸でヤってるじゃない」私の声からは、あらゆる感情が消え失せていた。

「見たまんまの状況でしょ」

「酔ってたんだ! 俺たちは……その、つい、魔が差して!」

 私は叫ばなかった。泣きもしなかった。何も投げつけなかった。

 ただ、自分が愛していると思っていた男を見つめていた。私が庇ってきた男。昨夜、彼の親友が私にセクハラまがいのことをした時でさえ、心配する素振りすら見せなかった男。

「別れましょう」私は静かに告げた。

 踵を返し、部屋を出た。

「佐々木! 待ってくれ! 佐々木!」廊下の奥から拓海が叫ぶ声がしたが、ドアがバタンと閉まる音が聞こえた。おそらく、結衣が彼をベッドに引き戻したのだろう。

 建物の外に出た。秋の冷たい風が、まるで物理的な打撃のように私の体を打ち据えた。

 自分がどこへ向かっているのか、まったくわからなかった。頭の中は完全に真っ白だった。二年。私の人生の二年間、何十枚もの航空券、数え切れないほどのメッセージ。すべてが嘘だった。

 私はあてもなく、総合体育館のそばを歩いていた。ホッケーアリーナの隣には、主に夏のトレーニング用に使われる屋外プールがあった。コンクリートのプールサイドは、濡れた枯れ葉で覆われていた。

 私の足が、濡れた落ち葉の滑りやすい塊を踏んだ。

 世界が逆さまになった。

 叫ぶ間もなく、私は水面に叩きつけられた。

――ザバーン!

 圧倒的な寒さだった。今は十一月下旬。プールの水は、無数の小さなナイフが肌を切り裂くかのように冷たかった。ショックで息を呑み、塩素の匂いがする氷水を肺いっぱいに吸い込んでしまった。

 パニックに陥った。厚着した服が重しとなって私を底へと引きずり込む。私は水面を探して必死にもがき、めちゃくちゃに足をバタつかせた。

 突然、誰かの手が私の腕をがっしりと掴んだ。

 鉄のような万力だった。力強い一引きで、私は上へと引っ張り上げられた。

 水面から顔を出し、激しく咳き込みながら水を吐き出す。髪や目から水が滴り落ちた。逞しい両手が私の腰を掴み、コンクリートの縁の上へと私を引きずり上げた。

 私は硬い地面にへたり込み、激しく震えながら息をあえいだ。

「おい嘘だろ、佐々木! 大丈夫か!?」

 目に入った水を瞬きで追い出し、顔を上げた。

 蓮だった。

 彼は全身ずぶ濡れだった。そして、完全に、文字通り一糸まとわぬ全裸だった。

 今日二度目の、脳内ショートが起きた。

 蓮の体は、いまいましいほど完璧な芸術作品だった。日焼けした肌を水が滑り落ち、彼の下半身の逞しいモノへと続く濃い体毛のラインを際立たせていた。彼はまるで彫刻の神のように鍛え上げられており、そして自分でもその魅力を熟知していた。

「いったい、何やってるのよ?」私はむせながら絞り出した。すでに歯の根が合わなくなっていた。

「こっちのセリフだろ! お前、このクソ寒いプールにダイブしたんだぞ!」蓮は吐き捨てるように言うと、近くのベンチから分厚いウール製のチームジャケットを掴み取った。そして、震える私の肩にそれをしっかりと巻きつけてくれた。

 彼は自分がさっきまで完全に丸出しだったことなど気にも留めず、素早くスウェットパンツを穿いた。

「どうして十一月のプールで全裸になってるのよ?」私は寒さで声を震わせながら問い詰めた。薄い生地越しになおも浮き出ているシルエットを、なるべく見ないようにしながら。

「試合前のジンクスだよ」彼は私の前にしゃがみ込んで言った。黒い髪が額にへばりついている。

「ライバル校との試合の前日には、副キャプテンが氷水に飛び込まないといけないんだ。だけどマジで、お前ここで何してんだ? ウェストンにいるはずだろ」

 私は分厚いジャケットをさらにきつく引き寄せた。シダーウッドと高級なコロンの香りがした。

「拓海を驚かせようと思って、来たの」私は感情のない声で言った。

 私のためにジャケットの襟元を合わせてくれていた蓮の手が、ピタリと止まった。彼の顎に力が入る。彼は視線を逸らし、暗く波打つプールの水面を見つめた。

 彼は知っていたのだ。当然だ。

 私たちは凍りつくような風の中、しばらくの間そうして座っていた。沈黙は重く、息が詰まりそうだった。

 やがて、蓮が再び私を見た。メッセージアプリでやり取りしていた時の、あの傲慢でニヤニヤしたプレイボーイの姿はどこにもなかった。その目は、ひどく真剣だった。

「昨日の夜、俺が送ったボイスメッセージ」蓮は静かに言った。その声は冷たい風を切り裂いて届いた。

「あれは拓海に送るつもりだった。でも、ふざけて言ったわけじゃない」

 彼は手を伸ばし、親指で私の頬に張り付いた濡れた髪をそっと払った。

「俺は本気で、お前のことが好きだ、佐々木」

 私は彼を見つめ返した。彼氏の親友。たった十二時間前に、自分の下半身の写真を私に送りつけてきた男。

 私は彼の手をピシャリと払いのけた。

 コンクリートの地面から立ち上がる。一言も発さなかった。彼のジャケットを胸の前できつく握りしめ、彼に背を向けると、空港行きのタクシーを拾うために通りへと歩き出した。

 四時間後、私は西星大学の学生寮の自室に立っていた。

 まだ蓮のジャケットを羽織ったままだった。その下の服は湿って氷のように冷たい。まるで水に落ちたネズミのような惨めな姿だった。

 ルームメイトの葵・パークは、ベッドの上であぐらをかいていた。分厚いメガネのレンズが、デュアルモニターの光を反射している。彼女は光の速さでキーボードを叩いていたが、ドアがカチャリと閉まる音を聞いて手を止めた。

 彼女は顔を上げ、ぽかんと口を開けた。

「いったいどうしたの?」葵はキーボードから手を離して尋ねた。

「誰か死んだの?」

「拓海よ」私は虚ろな声で答えた。

「結衣・ホロウェイと浮気してる現場を見ちゃった」

 葵の表情が、驚きから危険なほどの冷酷さへと変わった。彼女はメガネをクイッと押し上げた。

 彼女はありきたりな慰めの言葉をかけなかった。「大丈夫だよ」なんて言わなかった。

 その代わり、彼女はノートパソコンの画面を指差した。

「熱いシャワーを浴びてきなさい」葵は低い声で言った。

「出たら、これを見て。あのホッケー部のバカども、自分たちのことをテクノロジーの天才だとでも思ってるらしいわよ?」

 私はバスルームのドアの前で立ち止まり、彼女を振り返った。

「何を見つけたの?」

 葵は私が画面を見やすいように、モニターを少し傾けた。

「あいつら、非公開のディスコードサーバーを作ってたの。管理者権限を突破するのに十分かかったわ」

 私は目を細めて画面を見た。薄暗い部屋の中で、ディスコードのネオンカラーのインターフェースが光っている。葵が開いていたチャンネルのタイトルに、私の視線は釘付けになった。

 その名前は、『#ロッカールームの賭け』だった。

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