第2章
翌朝の社長室の空気は、明らかに違っていた。
休憩室では誰かが話していて、私が通りかかるとふっと口をつぐむ。ペトラのいる区画が、いつの間にか人だかりの中心になっていた――本来なら別の場所にいるべき理由のある連中が、彼女のデスクの周りを取り囲んでいる。
通り際、ひとつだけ耳に入った。
「どうせ本当に何かできるわけないだろ。全員を相手になんてできない」
私はそのまま歩き続けた。
午後は静かだった――静かでいられるうちは。
二時頃、デラが私の執務室のドアに現れた。コーヒーを手にしている。彼女は一度だけノックし、返事を待たずにカップを私の机の上に置いた。
「必要だと思って」
彼女は慎重な笑みを向けてきた。維持するのに力の要る、あの手の笑い方だ。
「ペトラも、個人的にあなたを責めたいわけじゃないの」デラは言った。「ただ、熱くなっちゃうところがあって。ここにいる人はみんな、この場所を本当に大事に思ってるのよ、社長。でも、もしお金が直接入ってきたら、もっと――有効に使える。みんなが言いたいのは、それだけ」
「あなたも現金に切り替えるべきだと思ってるのね」と私は言った。
「違う、そうじゃ――私はあなたの味方よ、約束する」
彼女は、内緒話でもするみたいに声を落とした。
「心配なの。今の流れ、ネットのほう、あまりよくない。ここで少しだけ譲って、いったん落ち着かせたら――そういうほうが賢い時もあるわ。小さなジェスチャーでいいの。みんな気づいてくれるから」
彼女が心配しているのは私じゃない。
どれだけ圧をかければ折れるかを確かめに来たのだ。私が彼女に向けてきた好意を入口にして、私に「借りがある」と決め込んだ連中の代弁をしている。
四週間前、彼女の給与の三か月分を前借りで承認したばかりだったことを思い出す。
返事をする前に、秘書がノックと同時にドアを開けた。言葉にするより先に、顔が語っていた。
「社長。ペトラの投稿、育児系のインフルエンサーがいくつか拾いました。今、トレンドに入っています」
私はスマホを手に取った。
ハッシュタグにはこうあった。
「社長、妊娠中の社員をPRの小道具にする」
コメント欄へスクロールする。ここ一時間で増えた新規コメントの塊が見えた。癖で発信元データを確認する。
社内ネットワーク。
「現場からの証言。看護師たちは二時間おきに様子を見に来る。ケアだと言うけど、本当は連絡が取れるか確認してるだけ」
「栄養プログラムが完全に画一的。うちの同僚は最初の一週間ずっと吐き気がして、苦情を出したのに誰も返事しなかった」
「職務保証なんて無価値。うちのチームの人が休暇から戻ったら、ポジションがいつの間にか再編されてた。署名入りの書面なんて何の意味もない」
私はひとつひとつ、最後まで読み切った。
献立は管理栄養士と四回見直してから確定している。毎月の満足度アンケートも実施していて、私はすべてに目を通してきた。看護師の訪室はセンター側のスケジュールに基づくもので、入居前に全社員が署名した契約にも明記されている。職務保証の書面には、マーカス・ティールの公証記録がファイルに残っている。
書いた人間はサービスを利用したことがある。たぶん以前、どこかの時点で私に「支えがなかったら乗り越えられなかった」といったメッセージを送ってきた人物だ。
デラはまだ話していた。「――正直、今ちょっと柔軟に見せるだけで、みんなだって気持ちが――」
私はコーヒーカップを持ち上げ、ゴミ箱まで歩き、その中身を捨てた。
「デラ」
彼女が止まる。
「出ていって」
表情が固まった。次の瞬間、傷ついたふうの形に組み替えられる。
「社長、私、本当に助けたくて――」
「出ていって」
彼女は出ていった。
社長室が静まり返る。――そして、スマホが鳴り始めた。
取引先。投資家関係部。見覚えのない記者が二人。わずか十分の間に、立て続けだ。
メッセージは消す速度を上回って流れ込んでくる。
「弱い立場の女たちの犠牲の上に作り上げて、それを善意と呼んだんだろ」
「企業は企業。誰が回してるかなんて関係ない」
「潰れちまえ」
私はスマホを伏せ、窓へ歩いた。
下の通りに、ニュース中継車が二台停まっている。すでにカメラは設置され、ビルに向けて構えられていた。
