第117章 奥様は死んでいない

矢吹薫の口元の笑みが、じわりじわりと広がっていく。瞳の奥には、執着にも似た熱と、どうしようもない恋しさ。

――四百日以上、狂ったように思い続けた相手。

いま、その人が目の前にいる。生きている。病気も治っている……。

矢吹薫の脳裏に、過去のやり取りが蘇った。

かつて彼は、林田唯月の母親を日本へ呼び寄せ、治療を受けさせようとしたことがある。自分がいつか死んだあと、唯月に「最後まで何もしなかった」と恨まれるのが怖かったからだ。

だが江口未黒は、「唯月の遺志」を盾にそれを拒んだ。さらに一通の手紙を寄越してきた。中には、林田唯月の遺書と、事細かな段取り。

あのとき矢吹薫は、ただただ罪悪感に...

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