彼女はもう、疲れた

彼女はもう、疲れた

桜井 ゆい​ · 連載中 · 396.0k 文字

513
トレンド
4.2k
閲覧数
117
追加済み
本棚に追加
読み始める
共有:facebooktwitterpinterestwhatsappreddit

紹介

夫が妊娠した愛人に惜しみなく注ぐ溺愛のまなざしを、ただ見つめながら、私は医師の言葉を胸の奥で反芻していた――余命は、あと三ヶ月です。

十年ものあいだ、私は幽鬼のようにこの豪邸に閉じ込められ、身を削って家計を支え、彼の吐くその場しのぎの嘘を飲み込み、彼が一片の心も寄せたことのない結婚生活を守り続けてきた。彼は確信していたはずだ、私が逃げ出せるはずがないと。母の癌治療費は、すべて彼の施しで成り立っていたのだから。

それは間違いじゃない。たしかに、金は必要だった。

でも――私はもう、残りの人生すべてを、彼が誰かを愛するのを見て過ごすために生きたくはない。

離婚届は、もうテーブルの上にある。今度こそ、私は懇願しない。縋りついたりもしない。

私が選ぶのは、私自身だ。

チャプター 1

林田唯月が末期がんだと確定診断を受けたその日。病院で、会議中のはずの矢吹薫を見かけた。

黒いカシミヤのコート。腕の中には椎名伴凪。

二人はロビーをゆっくり歩き、薫は優しい目で身をかがめ、彼女に何か囁いている。

「薫、赤ちゃんは大丈夫?」

椎名伴凪が笑みを浮かべて尋ねる。

「問題ない。全部順調だ」

薫は笑って答えた。

聞き慣れた声が耳に落ちた瞬間、胸の奥を重い槌で叩き潰されたみたいに、息が止まった。

林田唯月はロビーの隅で立ち尽くし、その光景を呆然と見つめる。指先で握りしめた検査結果は、じわりと皺が寄っていた。

本当なら、駆け寄って叫ぶべきだ。罵って、二人のことを白日の下に晒してやればいい。

けれど、唯月は動けなかった。

矢吹薫の前で、椎名伴凪と張り合って勝てたことなど、一度もないからだ。

椎名伴凪は薫の高嶺の花。彼女が求めるなら、薫は何もかも捨てられる。

たとえ林田唯月が高熱で救急搬送されるほど苦しんでいようと、事故で生死の境をさまよっていようと。

伴凪は、薫が掌の上で大事にする女。

唯月と伴凪の間に摩擦が起きれば、薫はいつだって真っ先に伴凪を庇う。

「林田唯月、いい加減にしろ。無理を言うな」

「伴凪はいい子だ。そんな言い方するな!」

「林田唯月……お前って、こんなに意地悪だったのか。伴凪が何をした? どうしてそこまで追い詰める」

胃がきりきりと締めつけられ、唯月は洗面所へ駆け込んだ。

吐き出したのは、消化しかけの食べ物と――赤いもの。

鏡の中の自分は、唇は蒼白で、顔色は死人みたいだった。

この瞬間、心の底から疲れたと思った。

記憶が走馬灯のように脳裏をよぎる。

――自分の人生は、矢吹薫に捧げてしまった。

付き合い始めた頃、彼の起業に付き合った。

会社が上場してからは、三人のもつれの中で溺れた。

彼と伴凪の関係を疑い、誰をより愛しているのかを疑い、ただそれだけに時間を使った。

命が尽きようとして、ようやく気づく。

私は、私のために生きたことがなかった。

指先が震え、涙がこぼれて、洗面台にぽとりと落ちる。

こんな関係に縛られて一生を終えるくらいなら、彼も、自分も、解放したい。

家に戻ると、執事が近づいてきた。

「奥様、新しい額装ができました。お写真、掛け直しますか?」

林田唯月の視線は、結婚写真へ向いた。

矢吹薫は優しく微笑み、彼女を見つめている。

「唯月、俺は一生、君を愛する」

そう言って、手を握った。

壁に掛かったままの甘い瞬間。

けれど数日前、それは伴凪にぶつかられて落ちた。

その時の薫は、伴凪を抱きしめて傷を確かめ、唯月の怒りには苛立ちを隠さなかった。

「写真一枚だろ。壊れたなら壊れたでいい」

「大したことじゃない」

滑稽だ。

結婚のときに誓ったこと。

信じたのは、私だけだった。

この愛の中で、最後まで踏ん張っていたのも私だけ。

唯月は自嘲気味に笑った。

「いいです。掛けなくて」

ただの恋愛だ。大したことなんてない――そう言い聞かせるみたいに視線を外し、部屋へ入った。

自分の物を少しずつ集める。

広い家なのに、彼女の荷物は小さなスーツケース一つ分しかなかった。

ベッドサイドには薫の結婚指輪。

あれは二人で三日三晩かけてデザインしたものだ。

けれど結婚してから、彼は「高価で失くしたら怖い」と言って、ほとんど着けなかった。

今思えば、最初から兆しはあった。

気づかなかった私が馬鹿だっただけ。

どうせ出ていく。

唯月は自分の指輪を外した。

薬指の付け根にくっきり残った痕が、胸の中にぽっかり穴を開ける。

ガチャン――

階下でドアの閉まる音。続いて伴凪の声。

「薫、今日はありがとう」

「気にするな」

薫が笑い混じりに答える。

唯月はそっとドアを押し開け、二階の手すりから階下の二人を冷たく見下ろした。

薫はしゃがみ込み、伴凪の靴を履かせている。

視線を感じたのか、彼が振り返る。

真正面から、唯月と目が合った。

驚きも動揺もない。あまりにも平然としている。

別れると決めたはずなのに、顔を見ただけで胸が苦しくて息ができない。

唯月は何も言わず、俯いて部屋へ戻ろうとした。

「林田唯月。伴凪が最近調子悪い。しばらくここに住む」

薫が淡々と言った。

足が止まる。爪が掌に食い込む。

彼は誰の感情にも気を配る。

ただ一人――彼女以外には。

胸の中で波が暴れ、爆発しそうだった。

問い詰めたい。

どうして騙したのか。

伴凪の腹の子は、あなたの子なのか。

伴凪は薫の胸に寄り添い、笑って言う。

「唯月さん、気にしないよね?」

その甘ったるい声を聞いて、唯月は初めて、全部飲み込んだ。

そして、階段越しに薫を見て、淡々と言った。

「矢吹薫」

「離婚しましょう」

薫は一瞬固まって、顔を上げる。

「林田唯月、いい加減にしろ。無理を言うな」

高みから見下ろすような目。

まるで彼女のほうが「場をわきまえない悪者」だと言わんばかり。

青春のすべてを捧げた男が、今は見知らぬ人みたいだった。

一秒一緒にいるだけで、自分がいかに滑稽だったかが増していく。

彼への気持ちも、滑稽で、哀れで。

唯月は何も言わず部屋に戻り、荷造りを続けた。

ドア越しに伴凪の声が聞こえる。

「薫、唯月さん怒っちゃったんだよ」

「早く宥めてあげて。女ってこういうこと言って、構ってほしいだけなんだから」

伴凪はいつもそうだ。

薫の前では優しく大らかに振る舞い、林田唯月だけが小さく見えるように仕向ける。

唯月は乾いた笑いを漏らし、スーツケースを閉じた。

出ようとしたところで、廊下で薫と鉢合わせる。

コートは脱いで、シャツとスラックスだけ。

ネクタイは緩められ、ボタンが二つ外れて鎖骨が覗いている。

廊下灯の下、彫りの深い顔立ちがやけに冷たく見えた。

林田唯月が荷物を持っているのを見ると、薫は眉をひそめ、苛立ちを滲ませた。

「離婚って、本気か?」

「忘れるな。お前の母親、まだ入院中だろ。離婚して、医療費払えるのか?」

スーツケースを握る手が震えた。

ああ、この男はずっとこうだったのだ。

母の医療費を払えない。彼に頼らなければ生きられない。

だから好き放題に踏みにじれる。

私の気持ちなんて、最初から数に入っていない。

胸の中で何かが――粉々に砕ける音がした。

「ご心配なく」

唯月は震える声を必死に押し殺す。

「離婚協議書は、ベッドサイドに置きました」

「私は何もいりません」

「ただ、あなたと離婚したい」

「今すぐ」

最新チャプター

おすすめ 😍

不倫夫を捨て、私は大富豪の妻になる

不倫夫を捨て、私は大富豪の妻になる

332k 閲覧数 · 連載中 · 七海
人生最良の日になるはずだった、結婚式当日。
新郎の車から出てきたのは、見知らぬ女の派手なレースの下着だった。

しかも、その布切れにはまだ。生々しい情事の痕跡が残されていた。

吐き気がするほどの裏切り。
幸せの絶頂から地獄へと突き落とされた私。

けれど、泣き寝入りなんてしてやらない。
私はその場でウェディングドレスの裾を翻し、決意した。

「こんな汚らわしい男は捨ててやる」

私が選んだ次の相手は、彼など足元にも及ばない世界的な億万長者で?
社長の逃げた妊娠妻

社長の逃げた妊娠妻

21.6k 閲覧数 · 連載中 · ユイ
川崎佑哉は上半身裸のまま、江原安美の上に覆いかぶさり、大きな手で彼女の柔らかな胸を撫で上げた。

江原安美は甘い吐息を漏らしながら喘いだ。「もう我慢できない…ちょうだい…」

川崎佑哉は彼女の体をうつ伏せにひっくり返し、ペニスを彼女の柔らかな臀部の間で前後に擦りつけた後、背後から一気に挿入した。

「江原安美、たとえ離婚しても、お前は一生、俺の下で喘ぐしかないんだ。」


江原安美はまさか自分がいつか、夫・川崎佑哉と彼の愛人のために結婚指輪をデザインすることになるとは思わなかった。そしてさらに届いたのは、一通の離婚届だった。

彼女は迷わずサインし、彼への想いを断ち切り、妊娠検査の結果を隠して、海外へと旅立った。

その後、彼女は海外で大成功を収め、言い寄る男は数知れず。しかし彼は変わった。彼女に執着し、離れようとせず、目を赤くして「もう一度チャンスをくれ」と懇願した。

彼女の小さな宝物が飛び出して彼の前に立ちはだかり、腰に手を当ててこう言った。「ママに追いつきたいなら、まず列に並んでね!」
監禁から1年、捨てられた令嬢は元婚約者の叔父を娶る

監禁から1年、捨てられた令嬢は元婚約者の叔父を娶る

117.6k 閲覧数 · 連載中 · 鈴木楓花
監禁から1年。ようやく帰宅した今井心晴を待っていたのは、変わり果てた日常だった。
家族は心晴を探そうともせず、あろうことか姉の今井優奈のために盛大な誕生日パーティーを開いていた。
しかも、その横には心晴の元婚約者の姿が……二人は婚約していたのだ。
しかし、心晴はただの被害者ではなかった。
彼女は人知れず巨額の資産と強大なコネクションを築き上げていたのだ。
真実を知った心晴は、復讐の狼煙を上げる。
彼女が選んだ新たなパートナーは、なんと元婚約者の叔父だった。
「これからは私のことを『おばさん』と呼ぶのよ、優奈!」
舐めるつもり?なら、思い知らせてあげる

舐めるつもり?なら、思い知らせてあげる

46.5k 閲覧数 · 連載中 · 桜井 ゆい​
18年間、自分が実の娘でないとは知らずに生きてきた。ある日、荷物をすべて玄関の外に放り出され、街角に立ち尽くす私の前に現れたのは、噂では極貧だという「生家」から迎えに来た、見たこともない「兄」。

ところが、その兄が乗ってきたのはトラクターだった。

ガタガタと揺れるトラクターがたどり着いた先は、まるで古城のような大邸宅。そこで私は思い知る。本当の家族のもとに引き取られた私は、貧しくなるどころか、前よりずっと裕福になっていたのだ。

……だが、ちょっと待ってほしい。なぜ私には突然、婚約者というものが存在するのか。しかもその相手は、私の大学の教授だという。誰か、説明してくれないだろうか。
転生して絶縁したら、元家族は破滅に

転生して絶縁したら、元家族は破滅に

30k 閲覧数 · 連載中 · ワニノコ
名門古川家の生まれの娘・古川朱那は、前世、父・古川邦夫と三人の兄(礼和、礼希、礼人)が養妹・周防天華を無条件に贔屓し、天華の陰険な陥れに遭い、理不尽に死んだ。
22 歳、天華に陥れられた日に生まれ変わった朱那は、過去の卑屈さを捨て、天華の悪事を暴き、偏心な家族に毅然と立ち向かう。芸能界で演技の才能を開花させ、自らの人生を切り開くため、全力で逆襲する。
未熟

未熟

5.8k 閲覧数 · 連載中 · ほしの なお
結婚3周年の日、見知らぬ相手からのメッセージが私の命を救い、同時に完璧だった結婚生活を木端微塵に砕いた。夫は親友と不倫し、義母は犯罪組織を牛耳る黒幕だった。
嘘の巣窟に囚われた私は、冷徹で権力を持つ弁護士にすがり、復讐を誓う。妊娠の偽装、証拠集め――奴らをすべて破滅させてやる。
だが、私を導く謎の「見知らぬ人」はいったい誰なのか? そして、その弁護士が本当に求めているものとは――?
本物令嬢の正体がばれました

本物令嬢の正体がばれました

160.7k 閲覧数 · 連載中 · ワニノコ
新谷南は新谷家で二十年も育てられたのに、本当の娘が戻ってきた途端、あっさり家を追い出された。

デザイン部のディレクターの席? 本当の娘へ。
何千万円もの価値がある婚約話? 本当の娘へ。

会社中の人間が、彼女という「野良扱いの娘」がどう転げ落ちていくか、笑いものにしようと様子をうかがっていた。

そんなある日、世界限定二十台の高級バイクが会社の前に止まる。降りてきた不良っぽいイケメンが言った。

「妹、兄貴と一緒に帰るぞ」

新谷家の人間「……は?」

そのあとで彼らはようやく知ることになる。

彼女こそ、国内外の美術館の館長たちが面会待ちの列を作る「南先生」と呼ばれるアーティストであり、
新谷グループの全受賞特許の名義人であり、
さらに、伝説の「国家並みの資産を持つ」と噂される周防家の、本当の長女だということを。

大手財閥の若き当主は、封印していた婚約書を取り出し、薄く唇を吊り上げる。

「なるほど。俺の本当の婚約者は、君だったわけか」
社長、突然の三つ子ができました!

社長、突然の三つ子ができました!

412.7k 閲覧数 · 連載中 · キノコ屋
五年前、私は継姉に薬を盛られた。学費に迫られ、私は全てを飲み込んだ。彼の熱い息が耳元に触れ、荒い指先が腿を撫でるたび、震えるような快感が走った。

あの忌まわしい夜から逃げるように去った私だったが、ほどなくして三つ子を妊娠していることに気付く。

五年後、医療界の新星として戻ってきた私は、継母、継姉、実の父へ全ての仕返しを誓う。

その時、彼が現れた。三人の小さな自分そっくりの顔をじっと見つめながら、優しく「パパ」と呼ぶよう子供たちを誘う彼。

ふとシャツのボタンを外し、悪戯っぽく笑って言った――

「どうだい、あの夜の熱をもう一度味わってみないか?」
溺愛令嬢の正体は、まさかの霊能界トップ!?

溺愛令嬢の正体は、まさかの霊能界トップ!?

311.6k 閲覧数 · 連載中 · 朝霧祈
原口家に取り違えられた本物のお嬢様・原田麻友は、ようやく本家の原田家に戻された。
──が、彼女は社交界に背を向け、「配信者」として自由気ままに活動を始める。
江城市の上流社会はこぞって彼女の失敗を待ち構えていた。
だが、待てど暮らせど笑い話は聞こえてこない。
代わりに、次々と大物たちが彼女の配信に押しかけてくるのだった。
「マスター、俺の命を救ってくれ!」──某財閥の若社長
「マスター、厄介な女運を断ち切って!」──人気俳優
「マスター、研究所の風水を見てほしい!」──天才科学者
そして、ひときわ怪しい声が囁く。
「……まゆ、俺の嫁だろ? ギュってさせろ。」
視聴者たち:「なんであの人だけ扱いが違うの!?」
原田麻友:「……私も知りたいわ。」
伝説の天才、偽りの姿だ

伝説の天才、偽りの姿だ

17.7k 閲覧数 · 連載中 · ショコラ風味
トップ組織のS級エージェントであり、冷徹無情、そして圧倒的な知性を誇った主人公。しかし、仲間に裏切られ、無残にも殺害されてしまう。

だが、目を覚ますと、知能が低いと見下されている「不細工な女子大生」へと生まれ変わっていた。

容姿を嘲笑われれば、自ら開発したスキンケアクリームで誰もが息をのむ美貌へと変貌を遂げる。

知性を馬鹿にされれば、世界最高峰の大学の総長が自らスカウトに訪れ、医学界の権威は秘密の処方を求めて跪き、国際的なトップスターは楽曲の編曲を求めて彼女を追いかける。

二度目の人生こそは平凡な生活を味わおうとしたものの、隠された正体が次々と暴かれ、気づけばまたしても世界の頂点へと上り詰めてしまう。

背後には無数の配下を従え、その傍らには彼女を守る冷徹な実力者が寄り添うが、この冷徹な男は何かと嫉妬深く、彼女を翻弄してくるのだった。
全能令嬢の帰還、家族が倒産?

全能令嬢の帰還、家族が倒産?

29.4k 閲覧数 · 連載中 · きりゅう りんか
万能の女神・夏川紅蓮が実家に戻ると、一家は何者かの手で破滅に追いやられた後だった。
父は冤罪で獄中にあり、母は病に伏せっている。
六人の兄たちも、ある者は身体に障がいを負い、ある者は無気力に沈んでいた。
そんな折、家に潜り込んでいた偽令嬢は状況を見るや否や一家を見捨てて姿を消し、さらに屋敷までも奪い取ろうとしていた。
世間は夏川家を「落ち目の負け犬」と嘲笑い、皆がこぞって踏みにじる。

紅蓮が静かに一声を発すれば、暗部より無数の異能の士たちが姿を現し、形勢は一瞬にして逆転する。
父は無実のまま出所し、母は健康を取り戻し、廃人同然だった長兄は再び己の足で歩き出し、残る五人の兄たちもまた紅蓮の導きによって各々の才覚を花開かせ、やがて各界を牽引する大物へと成り上がっていく。

しかし、そんな彼女を指さして嘲る者がいる。
「夏川紅蓮は地味で野暮ったい田舎者だ」と。

何を隠そう、彼女は無数の隠された顔を持つ存在。
神医の令嬢も彼女なら、国画の大家も彼女。
伝説のハッカーも彼女なら、正体不明の謎の女優も彼女。
そして、暗部を統べる首領さえも——彼女なのだ。

そんな折、頂点に君臨する名門の若様が、彼女をそっと腕のなかに抱き寄せた。

「誰が彼女を田舎くさい地味女だと言った? 彼女こそ、俺・諏訪淳行の婚約者だ」

紅蓮が流し目をひとつ送る。

「婚約、破棄しなくていいの?」

「しない」

彼が長いあいだ追い求めてきた決して手の届かない高嶺の花こそが、いま腕のなかにいる婚約者なのだ。
解消などありえない——この婚約は、死んでも解消しない。
追放された偽物の娘、その正体は最強でした

追放された偽物の娘、その正体は最強でした

765.1k 閲覧数 · 連載中 · ゲゲゲ
「本物の娘が見つかった。お前はもう用済みだ」
あの子が現れたその日、私は『偽物の娘』として家を追い出された。
渡されたのは、わずかな小銭と地方行きの片道切符だけ。
さらに婚約者は私をゴミのように捨て、その日のうちに『本物』であるあの子にプロポーズした。

……上等じゃない。せいぜい勝った気でいればいいわ。
だって彼らは、私の【本当の顔】を何一つ知らないのだから。

名門病院が見放した命を救う『天才外科医』。
オークションで数億円の値を叩き出す『伝説の画家』。
裏社会の闘技場で無敗を誇る『影の女王』。
そして――彼らの全財産すら小銭に思えるほどの『真の巨大財閥の後継者』であることを。

今さら元婚約者が土下座で許しを請おうと、本物の娘が嫉妬で狂いそうになろうと、もう遅い。
かつて私に婚約破棄の書類を叩きつけた冷酷で傲慢なCEOでさえ、今や何かに取り憑かれたように私を追い回し、「もう一度だけチャンスをくれ」とすがりついてくる始末。

私を捨てて、自分たちの人生を『アップグレード』したつもり?
笑わせないで。最初から、圧倒的に上の存在だったのは私のほうよ。