第118章 彼は知った

坂東勇の手から、持っていたものがパタリと床へ落ちた。

さっきまで凪いでいた心が、その一言で波立つ。反射的に、否定が口をついて出た。

「唯月はもう死んだ。どこでそんなデマを聞いたか知らないが、あいつはとっくに死んでる」

矢吹薫は怒りもしない。ゆっくりと茶を一口含み、喉の奥で転がすように飲み下した。

「もう知ってる。唯月は江口未黒と一緒に暮らしてる。俺に隠し通せると思った?」

空気が、死んだみたいに凍りついた。

坂東勇は、腹の底から後悔した。矢吹薫の結婚の噂を目にしたあの日、堪えきれず林田唯月に電話をかけてしまった――そのせいだ。

顔に走った懊悩と悔恨は一瞬だったが、矢吹薫は見逃さ...

ログインして続きを読む