第4章

 彼は私の質問に答えなかった。

 代わりに、椅子から私のジャケットを拾い上げ、差し出してきた。

「俺は彼女の両親に命の恩があるんだ、ロキシー。二人は俺たちの退却を援護するために狼へと転化した。彼女の父親は、俺に向けられた致命傷を代わりに受けた。母親は彼の遺体を回収しに戻り、二度と帰ってこなかった」

 彼の声は平坦だった。ただ事実を述べていた。だが、私のジャケットを握るその手は、関節が白くなるほど強張っていた。

「そんな二人の娘が残した遺書を、無視することなんてできない。たとえ今夜であっても」

『彼に向けられた致命傷。両親の死。残された一人娘。』

『くそっ。さすがの私でも、それには反論できなかった。』

 彼はジャケットを私の方へと押し出した。

「だが、君を置いていくつもりはない。今夜俺がどこへ行こうと、君も一緒だ。これが終わったら、この先どうするかは君が決めればいい」

 私は彼の手からジャケットをひったくり、腕を通すと、彼の横を通り抜けてドアへ向かった。

「だったら早くして。シルバーフォールのお姫様が、私たちの絆を深めるはずだった夜を、自分のワンマンショーに変えるのを突っ立って見てるつもりはないわ」

 暗い山道を半分ほど下ったところで、彼の手が私の手を捉えた。指が絡まり、力強く握りしめられる。

 振り払おうとしたが、びくともしなかった。

「ロキシー」彼の親指が、脈を打つ私の手首に押し当てられる。

「心拍数が滅茶苦茶だぞ」

「ムカついてるからよ」

「……そうだな」

 彼は手を離さなかった。

 私たちがメインの広場に到着した頃には、すでに捜索が始まっていた。狼たちが四方八方へと散らばり、暗闇に向かってリオラの名前を呼んでいる。誰かがケーレンに遺書を手渡した。

『これ以上、負担になりたくありません。滝にいる両親に会いに行きます』

 ケーレンは指揮官の顔になった。チームを分け、担当区域を割り当て、シルバーフォールのメインルートへ伝令を走らせる。自分の感情についてはまともに二言も喋れない男が、三十頭の狼に向かって捜索座標を怒鳴り散らすことには何の抵抗もないようだった。

 誰もがわかりやすいルートへ向かった。だが、私は違った。

『もし本当に飛び降りる気なら、自分の居場所を教えるような遺書なんて残さない。これは悲しみの表現なんかじゃない。ただの舞台演出だ。』

 私は捜索隊から離れ、狭い尾根道を進んだ。東側からシルバーフォールの裏手へと回り込む道だ。草木が生い茂り、道とは名ばかりの獣道。他にこんな所を通る物好きはいない。

 滝を見下ろす岩棚で、彼女を見つけた。腕を組み、涙ひとつ流さず、完璧な姿勢で立っていた。

 足音に気づいて彼女が振り返る。その顔がパッと明るくなり――私を見た瞬間、露骨に歪んだ。

「ケーレンはどこ?」

「捜索隊を編成してるわ。群れの半分が暗闇の中であなたの名前を呼んでる」私は木に寄りかかった。

「その間、あなたは髪の毛一本乱れず、涙も流さずにここに座ってるってわけ。自殺志願者には到底見えないわね」

 彼女の仮面が揺らいだ。

「私の苦しみなんて、あなたには分からないわ」

「よーく分かってるわよ。思い通りにならないから、周りが折れるまで全員に罰を与えてるんでしょ」

『従姉妹の人生において、その手口は五十年間もケーレンに通用した。泣き落とし。罪悪感の植え付け。重要な瞬間に必ず現れては、主役の座を奪い取ること。』

 私は腕を組んだ。

「でもね、リオラ。その手口には一つ欠点があるの。罪悪感を抱いている相手にしか効かないってこと。そして私には、微塵も罪悪感なんてないわ」

 彼女は仮面を捨て去った。その瞳から感情が消え、冷たくなる。震える唇も、おぼつかない手つきも――消え失せた。まるで着ぐるみを脱ぎ捨てたかのように。

「ケーレンと私は一緒に育ったの。私の家族は彼のために死んだ」彼女の声は今や落ち着き払い、冷酷だった。

「あなたがしゃしゃり出てこなければ、今頃私が彼のルナになっていたはずよ」

「もし彼があなたを望んでいたなら、私がしゃしゃり出る隙なんてなかったはずよ」私は彼女の視線を真っ向から受け止めた。

「私たちのつがいの契約は、お互いが生まれる前に交わされたもの。あなたは最初から候補にすら入っていなかったのよ」

「自分が特別だとでも思ってるの? あなたは東部から来たベータに過ぎない。地位も、血統も、ここでの歴史も何もない」彼女は微笑んだ。だが目は笑っていなかった。

「つがいの契約が一つあるだけで、彼のルナになれるとでも? 彼にとっての私のような存在に、あなたがなることは絶対にないわ」

「ええ、その通りね。契約だけで何者かになれるわけじゃない」私は寄りかかっていた木から体を離した。

「でも、彼にとってのあなたはただの厄介事に過ぎないの。どうやって手放せばいいか分からない義務。そんなの愛じゃないわ、お嬢さん。ただの人質事件よ」

 私は背を向けて立ち去ろうとした。彼女は無事だ――無事すぎるほどに。飛び降りる気など毛頭なく、硬い岩の上にしっかりと立っている。眼下では、渓谷を流れる川が轟音を立てていた。私には、今夜すべきもっと有意義なことがあった。

 背後から、彼女の指が私の腕を掴んだ。声のトーンが下がる。震えも、甘さもない。ただの毒だった。

「何もかも分かった気でいるのね。でも、これだけは答えて――」

 彼女は私の耳元に顔を近づけた。

「もし今、私たちが二人とも悲鳴を上げながらここから落ちたら、彼は最初にどっちの名前を呼ぶと思う?」

 私が答える間もなく、彼女の両手が私の背中を強く突き飛ばした。

 足元から地面が消えた。風が耳を劈いていく。川の轟音が、すべてを呑み込んだ。

 頭上から、リオラの声が響く――甲高く、計算され尽くした、完璧な声で。

「ケーレン! 助けて! 彼女に引きずり落とされたわ!」

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