第83章 異常

「……うん」

正木稲巳は喉まで出かかった言葉を飲み込み、林田守萌を連れてその場を離れた。

狩野姫空は立ち尽くしたまま、二人の背中を見送る。表情は静かで、波ひとつ立っていない。

――正木稲巳が林田守萌のために自分を置き去りにするのは、これが初めてじゃない。

林田守萌がいる限り、正木稲巳は一度だって自分を見ようとしない。

だから、嫉妬なんてするはずがない。

「大丈夫か?」

梅崎宇作が近づいてきた。狩野姫空の気配が、どこかおかしいと感じたのだろう。

姫空は視線を引き戻し、何事もなかったように笑う。

「平気」

「正木稲巳に、何かされたりしてないよな?」

姫空は首を横に振った。

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