第4章

北野羽月視点

その日の夜、私は自室の書斎で、ある重要な調査に取り掛かった。

前の人生で、橋本日葵は私の稼ぎを横領して様々な投資に回し、果ては海外口座にまで送金していた。あのお金は私のもの。取り返す時が来たのだ。

私は資産記録を開き、一枚一枚、注意深く調べていく。案の定、収入のほとんどが「家族への投資」という名目で送金されていた。あの強欲なクソ女が!

私は電話を手に取り、顧問弁護士に連絡した。

「杉山先生、北野羽月です。この送金記録を調べていただきたいんです……ええ、何者かが私の資産を不正に流用している疑いがあります」

電話を切った後、私は復讐心に満ちた満足感を覚えながら、夜景を見つめた。

橋本日葵、あんたの良い時間ももう終わりよ。

翌朝、予定通りに黒木涼から電話がかかってきた。

「正装で来てください」

彼の声は緊張しているようだった。

「今日は……少々、好意的でない声が上がるだろう」

胃がキリリと痛んだ。過去の人生でも経験した、この場面のことはよく覚えている。一部の役員たちが私の能力を疑問視するのだ。

和心スタジオの役員会議室は、息が詰まるようだった。長いテーブルにはスーツ姿の役員たちがずらりと並び、どの顔にも「金」と書いてあるようだった。

黒木涼にエスコートされながら中に入ると、好奇心、疑念、そして隠そうともしない侮蔑の色を含んだ視線が、サーチライトのように私を値踏みした。

「皆さん、こちらが我々の主演女優、北野羽月さんです」

禿げ頭の中年男性――松本副社長が、作り笑いを浮かべてすぐに立ち上がった。

「黒木さん、北野さんの……魅力は我々も承知しています。ですが、これは百億円規模のプロジェクトです。最近の芳しくない噂を考えますと、彼女が本当にプロとしての実力を備えているのか、確かめる必要があります。その……見た目だけでなく」

彼は意図的に言葉を切り、その含みを明確に示した。

プロとしての実力、ですって?この金勘定しか能のないバカに、プロ意識の何がわかるっていうのよ?

私が言い返そうとした、その時。黒木涼が先に立ち上がった。その表情は、瞬時に氷のように冷たくなっていた。

「松本さん、一体どういうつもりです?」黒木涼はせせら笑った。「君たちも昨日、北野羽月のオーディションを見たはずだ。工藤武監督が自ら選んだ。今さら彼女のプロ意識を疑うというのなら、それは俺の判断と、このプロジェクト自体の価値を疑うということになる」

会議室は水を打ったように静まり返った。松本副社長は明らかに、黒木涼がここまで攻撃的になるとは、ましてや口汚く罵るとは思っていなかったのだろう。

「いや、私はただ、メディアの報道が……」

「メディア?」

黒木涼は鼻で笑って遮った。

「いつから君は、そんなゴシップ誌の戯言を信じるようになったんだ?それとも、工藤武監督が美貌に目がくらんで判断を誤るとでも思っているのか?」

どうして、彼がここまで私を庇ってくれるの……?この感覚……なんだか、変な感じ。

黒木涼の毅然とした横顔を見つめていると、今まで感じたことのない温かいものが胸に込み上げてきた。前の人生でも彼は私を庇ってくれたけれど、ここまで強引だったことはないし、会社の上層部に真っ向から逆らってくれたこともなかった。

「基本給に加えて、北野羽月にはプロデューサー配分として、五パーセントを確保する」

黒木涼はさらに畳みかけた。

「彼女はただの女優じゃない。製作にも深く関わってもらう」

プロデューサー配分?前の人生では、夢にも見なかったことだわ!

松本副社長は完全に度肝を抜かれ、他の役員たちも顔を見合わせている。

「そ、それは完全に前例を破る行為です……。新人がそんな……」

「前例?」

黒木涼の笑みが、危険な色を帯びた。

「北野羽月はこのプロジェクトの絶対的な核だ。彼女なしでは、この映画は成立しない。彼女は相応の報酬を得るに値する。もし異議があるなら、俺はこの企画を他所に持って行ってもいい」

契約は成立した。私は高額な出演料だけでなく、前代未聞の五パーセントのプロデューサー配分も手にすることになった。

その夜、私は黒木涼の車で、H市の海岸にある彼の家へと向かった。

その別荘は、まるで映画のセットのようだった。海を見下ろす崖の上に建ち、沈みゆく夕日が海全体を黄金色に染め上げる。波が催眠術のように心地よい音を立てて岸辺を洗っていた。

「信じられないくらい素敵な場所ね」

私はデッキに立ち、潮の香りを含んだ海風に顔を撫でられた。

黒木涼が隣に来て、芳醇な赤ワインのグラスを差し出してくれた。

「考え事をする時は、よくここに来るんだ。H市のくだらない喧騒から離れると、頭が冴える」

「どうしてプロデューサーの道を選んだの?」

私は彼の方を向き、尋ねた。月光が彼の横顔を銀色に縁取り、完璧な彫刻のように見えた。

黒木涼はしばし黙り、遠くの水平線を見つめていた。

「カメラを使って真実を記録し、守るべき人々を守りたいからだ」

彼の声は穏やかだったが、その奥にある深い感情と決意が私には聞こえた。

「この業界は本当に腐ってる。あまりにも多くの罪のない人間が傷つけられてきた。もし俺に、その悲劇を止める力があるなら、やらない理由はないだろう?」

守るべき人々を守る……それって、私のこと?

私たちはデッキに並んで立ち、波の音に耳を傾け、互いの体温を感じていた。この瞬間、私は「心を動かされる」という意味が、ふとわかったような気がした。

「北野羽月」

黒木涼が突然、私に向き直った。その瞳には、今まで見たことのない優しさが宿っていた。

「俺に対して、警戒しているのはわかってる。たぶん、俺たちの出会いがあまりにも……普通じゃなかったからだろう」

「でも、これだけは知っておいてほしい」

彼の声が深みを増した。

「君への気持ちは本物だ。初めて会った瞬間から、ずっと」

私の心臓が、胸から飛び出しそうなくらい激しく鼓動を始めた。だめよ、北野羽月。同じ過ちを犯すわけにはいかない。前の人生の悲劇を繰り返してはならない。

別荘のリビングルームに戻ると、暖炉の炎が燃え盛り、オレンジ色の光が壁で踊っていた。しかし、私の心は恐怖と葛藤で満たされていた。

過去の人生の悲劇が、鮮明に蘇る。咲弥の死、私の鬱病、そして最後の破滅……。絶対に、二度とこんなことを起こさせてはならない。

「黒木涼」

私は平静を装ったが、声はそれでも震えていた。

「これはあくまでビジネス上の協力関係よ。一線を越えるべきじゃないわ」

彼は私を見つめ、その目に明らかな痛みがよぎったが、すぐに理解の色へと変わった。

「君の心配はわかる」

彼は少し掠れた声で、静かに言った。

「たぶん、俺たちは出会うのが早すぎたし、突然すぎたのかもしれない」

「そういう理由じゃないの」

私は目を逸らし、彼の視線を受け止める勇気がなかった。

「ただ……物事を複雑にしたくないだけ。感情は……危険すぎるわ」

本当のことは言えない。前の人生の過ちを繰り返すのが怖いなんて、またすべてを失うのが怖いなんて、言えるはずがない。

黒木涼は私の背後に回ったが、触れることなく距離を保っていた。

「北野羽月」

彼の声は誠実さに満ちていた。

「たとえ君がこの気持ちを拒絶したとしても、俺は黙って君を守り続ける。それは俺の選択であって、君には関係ないことだ」

私は目を閉じた。涙がこぼれ落ちそうになる。この無条件に守られるという感覚――今まで一度も経験したことがなかった。

どうして彼はこんなに私に優しくするの?

「どうして……」

私の声がわずかに詰まった。

「君が守られるに値する人間だからだ」

黒木涼の答えは、シンプルで、揺るぎなかった。

「信じようと信じまいと、それが俺にとっての真実だ」

私は振り返り、彼の真摯な眼差しと向き合った。暖炉の光が彼の瞳の中で揺らめき、抗いがたい温かさと安心感を宿していた。

「黒木涼……」

私は囁いた。声は明らかに震えていた。

「うん?」

彼の目を見つめると、そこには今まで見たことのない深さと決意があった。この瞬間、私は本当に大切にされるということがどういうことなのか、ふと理解した気がした。

「たぶん……試してみてもいいかもしれない」

私はそっと言った。

「でも、時間が必要よ。たくさんの時間が」

黒木涼は頷き、私の頬を優しく撫でた。

「時間なら、いくらでもある。俺は待てる」

その瞬間、私はかつてないほどの安心感に包まれた。もしかしたら今度こそ、本当に何もかもが違うのかもしれない。

前のチャプター
次のチャプター