第4章
空港の待合エリアは、行き交う人々でごった返していた。
私は京都古画修復プロジェクトのボランティア用の薄灰色の制服を身にまとい、チームのメンバーにミネラルウォーターを配りながら、搭乗案内に気を配っていた。
佐々木教授は数名の古画専門家とプロジェクトの詳細について議論しており、その熱意に、私は東京を離れる時の苦い思いをしばし忘れることができた。
「絢子さん、少しよろしいかしら? 喉が渇いてしまって」
その声に、私は一瞬で凍りついた。
ゆっくりと振り返ると、案の定、田中若菜が少し離れた場所に座り、丁寧だが傲慢な笑みを浮かべていた。彼女の着ている精巧なワンピースが、私のボランティア制服と鮮やかな対比をなしている。
私は彼女の頼みを無視することに決め、まっすぐ佐々木教授のもとへ向かい、水と弁当を差し出した。
「教授、お昼ご飯です」
「ありがとう、絢子君」
佐々木教授は弁当を受け取った。
無視されたことに不満を抱いた田中若菜は、立ち上がってこちらへ歩み寄ってきた。
彼女は不満げに言った。
「あなた、私の姉の心臓で生きているくせに、どうしてそんなに恩知らずなのかしら」
私は深く息を吸い込み、自分の感情をコントロールした。
田中若菜に会うたびに不快感を覚えるが、育ちの良さが私の表面的な平静を保たせてくれる。
「若菜さん、もしあなたが腎臓を一つ提供してくださるなら、土下座だっていくらでもしますわ」
私は冷ややかに言い返した。
田中若菜の顔が一瞬歪み、彼女は声を張り上げた。
「皆さん、見てください! これが臓器提供者の家族に対する態度なのでしょうか?」
周りの乗客たちが不安そうな視線を投げかけ、空気は一瞬にして凝固した。
その気まずい瞬間、佐々木教授が不機嫌そうに言った。
「若菜さん、飲み物はあちらのセルフサービスコーナーにありますので、ご自由にどうぞ。我々は間もなく搭乗準備に入りますので」
田中若菜は一瞬呆然としていた。公然と私の味方をする者が現れるとは、思ってもみなかったのだろう。私は感謝の念を込めて佐々木教授に視線を送り、目頭が熱くなるのを抑えきれなかった。
「佐々木教授、ご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありませんでした」
私は小声で謝った。
「絢子君、私が君を京都古画修復プロジェクトに招いたのは、君の専門能力を評価してのことだ。こんな場所で辛い思いをさせるためじゃない」
佐々木教授は穏やかに言った。
田中若菜は傍らに立ち、俯いてスマートフォンを操作している。その顔には礼儀的な笑みが浮かんでいたが、スクリーンを叩く指の動きが、内心の怒りを物語っていた。
数時間後、私たちは京都に到着した。ここの空気は東京とはまるで違い、呼吸さえも軽やかになったかのようだ。
窓の外の景色に見とれていると、突然スマートフォンが震えた。画面には、藤原潔志からの不在着信が何度も表示されている。
彼の電話には出たくなかったが、藤原潔志はまたしても田中若菜のスマートフォンに電話をかけてきた。
彼女は電話に出ると、得意げな笑みを浮かべた。
「潔志お兄さん、私たち、もう京都に着きましたよ」
彼女はわざと声を高くすると、私の方を向き、やけに親しげな口調で電話を差し出してきた。
「絢子お姉さん、潔志お兄さんがお呼びよ」
私は電話を受け取り、深く息を吸った。
「もしもし」
「絢子、なぜ事前に知らせもせず、このプロジェクトへの参加を決めたんだ?」
藤原潔志の声は抑制されてはいたが、明らかに不快感が滲んでいた。
「あなたが若菜さんを私の代わりにこのプロジェクトに参加させようと決めた時も、私の意見は訊いてくださらなかったわ」
悔しさはあったものの、私は平静を保ち、彼に私の不安と屈辱を悟られたくなかった。
田中若菜が隣でフンと鼻を鳴らすのが感じられた。
電話の向こうは、しばし沈黙した。
彼が激怒して私に帰ってこいと言うのだと思っていた。しかし、沈黙の後、彼は自分から電話を切った。
それ以上の詰問も、謝罪もなかった。すべてが私の理不尽な駄々であり、彼は私の非現実的な行動の数々に、失望したかのようだった。
彼は私に、とても失望しているのだ。
でも、どうして。私は何も間違ったことはしていない。
私はその惨めな感情を押し殺し、スマートフォンを若菜の胸元に投げ返した。
