第1章

いつ意識を失ったのか、自分でもわからなかった。

覚えているのは、見えない手に心臓を握り潰されるような、息もできないほどの激痛だけ。そして、すべてが暗転した。世界が消えた。

今、私はどこかに横たわっている。意識は暗闇の中を漂っていた。深い海の底へ沈んでいくような、それでいて完全に沈みきってはいない感覚。音は聞こえるのに、目は開けられない。痛みは感じるのに、指一本動かせない。

この状態は――まるで、自分の身体に閉じ込められた囚人のようだった。

寒かった。空気はツンと鼻を突く消毒液の匂いを運んでくる。腕には何かが刺さり、喉にはチューブが通されている。

機械の電子音が聞こえる。

そして、人の声。誰かが話している。

「……重度のうつ病、心的外傷後ストレス障害、そしてストレス性心筋症――いわゆる『たこつぼ心筋症』ですね」

医者の声。必死に耳を傾けようとするが、頭に綿でも詰められたように思考がまとまらない。

「それで、娘は一体どういう状態なんだ?」

父の声。

……怒っている?

「お嬢さんの身体は、機能を停止しかけています」と医者は言った。「須藤さん、お嬢さんの身体の状態は、長期間にわたる極度のストレス、そして……虐待に耐えてきた方のものと一致します。心臓が、文字通り『壊れかけている』のです」

虐待。

そう、医者の言う通りだ。でも、父さんは信じるだろうか?

「虐待?」父は鼻で笑った。その音に、私の心は沈んでいく。「先生、それは間違いだ。私たちはあの子に何不自由ない生活をさせてきた。素行が悪かったのはあの子の方だ。一体誰のせいだと言うんだ?」

素行が悪い。また、私が悪いと言っている。三年前のあのパーティーで、私を平手打ちした時と、同じように。

「あの子には贅沢させすぎたのよ。感謝の気持ちが足りなかったの……」母の声が、涙に詰まって聞こえてきた。「田舎育ちの娘には、都会の生活に馴染めなかったのよ……」

話したい。本当のことを伝えたい。でも、喉にはチューブが通っている。声が出せない。

身体が言うことを聞かない。私はこの壊れた身体に閉じ込められ、彼らが私を責めるのを聞いているしかない。この三年間と、まったく同じように。

床を打つハイヒールの音。彼女だとわかった。

「お父様、お母様、お姉様の容態は?」

玲華。義理の妹。私の悪夢。

「玲華、来てくれたのね……」母の声が、途端に和らいだ。「お医者様が言うには、美弥の容態はとても悪いらしくて……」

「もしかしたら……」玲華は完璧な間を置いて、さも今思いついたかのように言った。だが、その間はあまりに完璧すぎて、わざとらしかった。「お姉様には、何か深刻な思い込みを抱えているのかもしれません。東京大学のの黒瀬尚人教授のことを聞きました。こういうケースに特化した、新しい治療法があるそうです」

淀みなく言葉が出てくる。医者の名前まではっきりと覚えている。いつから、この台詞を準備していたのだろう?

「催眠療法による記憶回復治療」彼女は専門用語を一つ一つ完璧に発音しながら続けた。「患者がトラウマの原因となった記憶を追体験し、家族もその記憶の映像を見ることができるんです。そうすれば、お姉様が何を考えているのか理解して、回復の手助けができます」

これは、衝動的な提案じゃない。

計画されたものだ。

「そうすれば、お姉様の考えていることを理解できるになります」玲華はそっと言った。「……お姉様がどうしていつもこうなのか。どうしていつも私たちを、この家族を責めるのか」

彼女の言いたいことはわかった。

私の記憶を見せるのは、私を助けるためじゃない。私がどれだけ「異常」で、この家に「不向き」で、「恩知らず」かを証明するためだ。

彼らは私の「妄想」を、私の「嘘」を、彼女への「嫉妬」を目の当たりにすると思っている。

でも……でももし、本当に私の記憶を見たら……もし、真実を見てしまったら……

「でも……」母はためらった。

「お母様」玲華の声が震えた。「お姉様には私たちの助けが必要です。これが最後のチャンスかもしれません。見捨てるわけにはいきません」

最後のチャンス。

そうだ。これは本当に、私にとって最後のチャンスかもしれない。

だって、わかるのだ。私の身体が、もう諦めかけているのが。

心臓の鼓動が、どんどん遅く、弱くなっていく。一打ち一打ちが、最後の抵抗のように感じられる。もう、私には時間がないのかもしれない。

「黒瀬博士に連絡を」父は言った。「今すぐ」

どれくらいの時間が経ったのか――数時間か、あるいは一日か――わからなかったが、ベッドが動き始めた。廊下の照明が瞼越しにぼんやりとした光輪となって滲む。車輪の転がる音と、看護師たちの囁き声が聞こえた。

「軽い……」と一人の看護師が言った。「三十八キロしかないなんて、骨と皮だけじゃない……」

三十八キロ?

以前は五十キロあったはずだ。三年間で十二キロも減ったことになる。

いや……失ったのは、体重だけじゃなかった。

「うつ病らしいわよ」と別の声が言った。「あんなに若いのに……」

彼女たちは知らない。誰も知らないのだ。

玲華を除いては。

ベッドが止まった。私は慎重に持ち上げられ、別の何かに乗せられた――ベッドではなく、椅子。各種モニターに囲まれた治療用チェアだ。

誰かが私の頭に何かを被せた。小さなセンサーが頭皮に押し付けられる。

「須藤家の皆様、そして羽田さん」知らない男の声がした。「これを装着してください。この治療法には重大なリスクが伴うことを、事前にご説明しなければなりません」

この人が、黒瀬博士に違いない。

「催眠療法による記憶回復治療は、患者の記憶を映像として投影します」と彼は続けた。「この装置を通して、ご家族の皆様は彼女の記憶を映像として共有することができます。しかし、もしトラウマとなる記憶があまりに強烈な場合、強いショックを受ける可能性があります。心拍数の上昇、血圧の急変、最悪の場合は死に至ることも」

死。

モニターの電子音が、急に速くなった。

私の心拍数だ。

私は怖がっているのだろうか?

死を?

いや。私がそれ以上に恐れていたのは、この真実を誰にも知られることなく、抱えたまま死んでいくことだった。

「どんな書類にもサインしますよ」父の焦れた声。「あの子は自分の問題と向き合う必要がある」

私の問題?

私の問題とは、何?

私が薬を盛られ、暴行され、虐待され、所有物のように扱われて見知らぬ男たちに与えられたこと?

私が真実を語っても、誰にも信じてもらえなかったこと?

あなたたちのような両親と、玲華のような妹がいたこと?

「須藤さん」医者の声が真剣になった。「本当に、お嬢さんの『真の記憶』をご覧になりたいのですか?記憶というものは、時として私たちの想像を超えるものです」

「自分の娘のこともわからないとでも?」父は鼻で笑った。

その嘲笑が、ナイフのように私の心を突き刺した。

あなたは本当に、何も知らなかった。

でも、もうすぐ知ることになる。

さらに足音が近づく。安定した、自信に満ちた足音。

その足音も、よく知っていた。

羽田晃司。

かつて、十七歳で初めてこの家に来た時、その足音は私の胸を高鳴らせた。彼が私の支えに、私の騎士になってくれるのだと、そう思っていた。

今では、苦い皮肉しか感じない。

「美弥、大丈夫かい?」彼の声は、吐き気がするほど優しかった。

「お姉様が良くなることだけを願っています……」玲華のすすり泣き――あまりに嘘くさいのに、皆がそれを信じている。「いつも誤解されてばかりだったけれど……」

誤解?笑い出したかった。

「玲華ちゃん、美弥についていてくれてありがとう」母の声が感動に震えている。「あなたがいてくれれば、あの子もそんなに取り乱さないでしょう」

誰もが彼女を慰めている。

そして私は、心は壊れ、肺は機能を失い、ここに横たわっている。

ベッドが再び動いた。

液体が血管に入ってくるのを感じる。温かい感覚が腕を上っていく。意識がさらに朦朧とすると同時に、なぜか研ぎ澄まされていく。

「須藤美弥さん」黒瀬博士の声が、遠くから聞こえた。「聞こえますか?」

答えたい。唇がわずかに動いた。

「よろしい」と彼は言った。「あなたは安全です。リラックスして、私の声に従ってください」

彼の声は、子守唄のように穏やかだった。

「さあ、遡ってください。すべてが変わり始めたと感じる、その瞬間へ。人生が二度と同じではなくなったと信じる、その瞬間へ」

すべてが変わった瞬間。

私の意識は、暗闇の中を探った。

いつだっただろう?

この家に帰ってきた、最初の日?

いや……あの頃はまだ、希望があった。

玲華に初めて殴られた時?

いや……それよりも、もっと前だ。

あれは――あのパーティーだ。

あの誕生日パーティー。十七歳の。

「教えてください、美弥さん」黒瀬博士は優しく言った。「何が見えますか?あなたはどこにいますか?」

私…いや…戻りたくない……

だが、私の意識はもう私のコントロール下にはなかった。催眠薬が、見えない手のように、私を記憶の深淵へと引きずり込んでいく。

私は、落ち始めた。

暗闇の中、あの夜の光景が、古いフィルムのように蘇ってくる――

クラブの豪華なホール。クリスタルのシャンデリア。シャンパンの香り。玲華の笑顔。

そして私は、戻っていた。

あの夜に。

私の悪夢が始まった、あの夜に。

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