第1章

雨水と血が混じり合い、ネオンの光を浴びて不気味な暗赤色を放っている。

私は傘を差し、新宿の路地裏の入り口に佇んで、血だまりに倒れ伏す男を見下ろしていた。

男はまだ、動いていた。

指先が痙攣したように地面を掻きむしり、起き上がろうともがく。だが、背中に刻まれた骨まで達するほどの三本の深い刀傷が、動くたびに新たな鮮血を吐き出させていた。

私はただ、そこに立ち尽くし、見ていた。

歩み寄ることも、助けを呼ぶことも、一歩近づくことさえしない。

東京の深夜の雨はいつもこうして性急だ。まるで都市の罪悪をすべて洗い流そうとするかのように。雨水は血痕を洗い流し、排水溝へと運び去っていく。何事もなかったかのように。

男の抵抗が次第に弱まっていく。

腕時計に目を落とす——すでに二十分が過ぎていた。

ふと、彼の首元で何かが銀色に煌めいた。

私は眉をひそめ、彼に近づく。

しゃがみ込んで顔を覗き込む——若い。二十五、六といったところか。彫りの深い顔立ち、左頬には刃物による古傷、そして首には銀色のネックレス。

わずかな沈黙の後、私は携帯を取り出し、電話をかけた。

「田中か。新宿三丁目の路地裏に車を回せ。医療班も連れてこい。十分以内だ」

通話が切れると、私は低い声で呟いた。

「運のいい奴だ。ちょうど『犬』が必要だったところだからな」

程なくして、路地の入り口にヘッドライトが射し込んだ。

田中が医療チームを引き連れて飛び出してくると、手際よく男を担架に乗せる。

「お嬢、この男は……」

「聞くな。まずは生かすのが先だ」

車列は神代組の私立病院へと向かう。

後部座席に座り、担架で昏睡する男を見つめる。

母が亡くなってからの三ヶ月、神代組の内部では不穏な空気が渦巻いていた。

継母の松本千代とその娘である美里は虎視眈々と機会を窺い、兄の拓生の態度は掴みどころがない。

私には、絶対的な忠誠を誓う人間が必要だった。

そして、この死にかけた男こそが、最良の選択なのだ。


手術は五時間に及んだ。

午前四時、医師が出てくる。

「一命は取り留めました。ですが、今後の48時間が山場です」

「あいつは生き延びるわ」

私は病室のドアを押し開けた。

「生きていてもらわなきゃ困るの」

病室には消毒液の臭いが充満していた。男はベッドに横たわり、その顔色は死人のように蒼白だ。

ベッドの端に腰を下ろし、固く閉ざされた彼の瞼を見つめる。

「助ける価値のある男だといいけれど」

三日目、男が目を覚ました。

猛然と目を見開き、反射的に起き上がろうとするが、傷口の激痛に息を呑む。

「動くな。背中の刀傷は骨まで達していたんだ」

私は書類を置き、問いかける。

「名前は?」

数秒の沈黙。

「……凌」

「名前だけか?」

「名前だけだ」

「なぜ路地裏で倒れていたか覚えているか?」

凌の瞳に警戒心が宿る。答えはない。

「まあいい。お前の過去になんて興味はない」

私は立ち上がった。

「聞きたいのは一つだけ。まだ生きたいか?」

「どういう意味だ」

「私のために働け。ボディーガードになれ。新しい身分と生活を与えてやる。その代わり、私の命令には絶対服従だ」

「なぜあんたを信用できる?」

「お前に選択肢なんてないからよ」

私の笑みは冷え冷えとしていたはずだ。

「同意しないなら、今すぐあの路地裏に捨ててきてもいいんだぞ」

凌は長い間私を見つめていた。その瞳の奥で複雑な感情が明滅する。

「……分かった」

「いい子だ」

私は手を差し出す。

「なら、今日からお前は私のものだ」

彼は私の手を握った。


傷が癒えた後、初めて彼を定例会に同行させた。

神代組本部の会議室には、不信の匂いが充満している。

「お嬢、この男は素性が知れない。そんな奴を側近にするなど、あまりに……」

禿げ上がった中年男が口を開く。その目には隠そうともしない疑念の色。

「万が一、敵対組織のスパイだとしたら……」

「あまりに、何?」

私は椅子の背もたれに寄りかかり、平然と言い放つ。

「危険すぎる、とでも? それとも、自分たちのほうが彼より私を守るのにふさわしいとでも言いたいの?」

「そういう意味じゃありません。ただ、身元不明でなんの背景もない人間など、不適切だと……」

「何もないからこそ、最適なんだ」

私は言葉を遮った。

「どこの組織にも属さず、誰にも貸し借りがない。私が救った。だから彼は、私の人間だ」

「ですが、お嬢……」

「なら、実力を見せてもらいましょうか」

私は凌に視線を送る。

「私がお前を救った価値があることを証明してみせろ」

凌は頷き、会議室の中央へと歩み出る。

上着を脱ぎ捨てると、傷を覆う包帯が露わになった。完治はしていない。だが、その動きは流麗だった。

「誰が相手だ?」

彼は部屋全体を見回し、口元に冷笑を浮かべる。

「まとめてかかってきても構わないぞ」

三人の組員が顔を見合わせ、同時に襲いかかった。

凌の体が瞬時に揺らめく。一人目の拳が肩をかすめた瞬間、その手首を掴み、こめかみに強烈な肘打ちを叩き込む。男は即座に崩れ落ち、頭が床に鈍い音を立てた。

二人目の拳が届くよりも早く、彼はその手首を掴んで関節を逆にねじり上げた。骨の折れる音が静まり返った会議室に響き渡り、男は悲鳴を上げてその場にうずくまる。

三人目がナイフを抜いた瞬間、凌はすでにその喉元を鷲掴みにし、力を込めて——

「そこまで」

私は制止した。

「殺すな」

凌が手を離すと、男は力なく床に崩れ落ち、激しく咳き込んだ。首には深い指の跡が残り、もう少しでへし折られるところだった。

全行程、十秒足らず。

会議室は水を打ったように静まり返っていた。全員が驚愕の眼差しで凌を見つめ、誰一人として言葉を発せない。

「他に意見がある奴は?」

私は全員を見渡す。

「ないなら、今日から彼が私の専属ボディーガードよ」

沈黙。

死のような沈黙。

私は席を立ち、会議室を出た。凌が背後に続く。その足音は、恐ろしいほど軽い。

廊下で、田中が声を潜めて言った。

「お嬢、組の連中が陰で噂していますよ。あれはまるで、お嬢が飼っている……」

「飼っている、何?」

「狂犬のようだ、と」

田中は少しためらった。

「お嬢は、獰猛な狂犬を飼ったのだと」

私は笑った。

「狂犬? なかなか的確な比喩じゃない」

後ろに従う凌を振り返る。その冷徹な瞳には、何の感情の揺らぎも見えない。

あるのは、絶対的な服従と、押し殺された凶暴性だけ。

上等だ。

私が必要としていたのは、まさにこういう鋭利な刃なのだから。

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