第1章

手の中の診断書は、すでにくしゃくしゃに丸められていた。

紙面にびっしりと並んだ医学用語の間に、その「胃がん末期」という診断結果がひときわ目を刺す。

狭いワンルームのアパートに足を踏み入れた途端、スマートフォンが鳴った。

画面には「神宮陽一」と表示されている。

私は深く息を吸い、通話ボタンを押した。

「眠子」

兄の声が受話器から聞こえてくる。挨拶一つない。

「一昨日は父さんの誕生日だったが、どうして帰ってこなかった?」

玄関脇の小さなテーブルに鞄を置き、黙ってハイヒールを脱ぐ。

「帰りたくなかったから」

「『帰りたくなかったから』だと?」

陽一の声が高くなる。

「それがお前の態度か? 月子がわざわざアメリカ支社から帰国して参加したのに、お前は電話の一本もよこさない」

「月子さんがいれば十分でしょう」

私は平静を装って言う。視線は診断書に書かれた「予測生存期間:三~六ヶ月」という文字に落ちた。

「眠子!」

彼が真剣な声で私の名を呼ぶ。

私はそのまま電話を切り、スマートフォンをサイレントモードに切り替えた。

そして、治療の選択肢や予後が詳細に記されたその診断書を細かく引き裂き、ゴミ箱に捨てた。

スマートフォンの画面が灯り、LINEの通知が表示される。

「もうすぐ母さんの命日だ。必ず帰ってこい」

母の命日、それは私の誕生日でもある。

二十数年前、私が生まれた時に母は難産で亡くなった。その瞬間から、私は家族の目には「不吉な者」として映るようになった。

彼らの私に対する嫌悪は表面的な調和の下に隠されていたが、一つ一つの視線や仕草の中ではっきりと見て取れた。

陽一は私と同じ父母から生まれた兄だが、私が生まれたその日から、私に対して骨の髄まで染み渡るような怨みを抱いている。

彼にとって、私は最も愛する母を奪った存在であり、その罪は私の身に常に刻みつけられ、一生かかっても洗い流すことのできないものだった。

父の誕生日に参加しなかったのは、胃がひどく痛んだからだけではない。それ以上に、家族の冷たい視線に耐えられなかったからだ。

私が行かないほうが。

彼らはかえって喜ぶだろう。

翌朝、私はいつも通り時間通りに東京のビジネス街にある会社のビルに到着した。

大学卒業後、私は兄のIT企業に入社し、一般社員からキャリアをスタートさせた。社内で私と神宮陽一の関係に気づいている者は誰もいない。

「眠子、聞いた?」

給湯室で同僚が小声で話しかけてきた。

「松田主任が退職した後のポスト、あなたの可能性が高いらしいわよ。この部署で一番長く働いてるし、業績も悪くないし」

私はかすかに首を振り、肯定も否定もしなかった。

診断書を受け取る前までは、私も昇進するものだと思っていた。だが今となっては、もうその必要もないだろう。

午後の部署会議で、陽一が人事異動を発表した。

「松田主任の退職に伴う後任は、アメリカ支社から戻ったばかりの田中月子に着任してもらう」

月子はファッショナブルで洗練されたスーツに身を包み、微笑みながら皆にお辞儀をした。

私は無表情に拍手を送りながら、その目は虚ろだった。

彼女は私の従妹で、幼い頃に両親が離婚したため我が家に引き取られていた。そして今、本来私のものだったはずの役職まで奪っていった。

「信じられない!」

会議が終わると、同僚が給湯室で憤慨していた。

「あの田中月子って何様なの? 来てからどれくらい経つっていうのよ。これってコネじゃない!」

「神宮部長にも、何かお考えがあるんでしょう」

同僚がなおも何か言おうとした時、内線電話が鳴った。陽一からで、彼のオフィスに来るようにとのことだった。

私の手は微かに震え、コーヒーが白いシャツにこぼれる。コーヒーで手がじゅっと焼けるように痛んだ。

いや、もしかしたら手が痛いのではないのかもしれない。どこか別の場所が、痛んでいるのだ。

私は淡々と答えた。

「今、向かいます」

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