第4章
陽一が去った後、私は狭いバスルームに駆け込み、蛇口をひねると、彼に触れられた手首と腕を石鹸で夢中でこすり洗いした。
水温が次第に熱くなり、石鹸が傷口に灼けるような痛みをもたらす。それでも、まだ綺麗になった気がしなかった。
爪で皮膚を引っ掻く。まるで彼に触れられた一寸一寸を削ぎ落とそうとするかのように。
新たな傷口から滲み出た鮮血が熱湯と混ざり合い、白いバスタブの底で淡い赤色の渦を描いた。
「汚い……気持ち悪い……」
バスルームの床に膝をつくと、両手が震えて止まらない。胸に千斤の重りを乗せられたかのように、呼吸が苦しくなる。
医者が教えてくれた方法。そうだ、医者が教えてくれた方法があった。
『深呼吸して、神宮さん。一、二、三、四……吸って。一、二、三、四……吐いて』
指示通りに呼吸するよう自分に強制し、額を冷たいタイルに押し付ける。
十分後、ようやく心臓の鼓動が和らいだ。皮膚は真っ赤に擦りむけ、数か所は皮が剥けて血が滲んでいたが、少なくとも体の制御を取り戻すことができた。
昼過ぎ、ドアのチャイムが鳴った。出前の配達員だった。いつ出前を頼んだのか記憶にない。昨夜、意識が朦朧とする前に注文したのかもしれない。彼が渡してくれた巨大なビニール袋には、おにぎりや弁当、インスタントラーメンがぎっしり詰まっていた。
もう二日間、まともに食事をしていない。
最初の一つ、三角おにぎりの包装を開け、ほとんど貪るように大きな一口を頬張る。塩気の効いた梅の味が口の中に広がり、待ちきれずに二つ目、そして弁当箱の蓋を開けた。
食べ物が洪水のように空っぽの胃に流れ込む。まるで人生最後の食事であるかのように、私はがむしゃらに食べ続けた。
あるいは、本当にそうなのかもしれない。
突然、胃から鋭い痛みが走った。
腰を屈めると、胃酸がこみ上げてくる。バスルームまで間に合わず、私はキッチンのシンクに駆け寄り、たった今食べたもの全てを吐き出した。
シンクの縁を掴むと、冷や汗でシャツがぐっしょりと濡れた。
痛みはあまりに激しく、まるで誰かが腹の中で刃物を振り回し、絶え間なくかき混ぜ、切り刻んでいるかのようだった。
痛みが少し和らぐと、私は濡れたバスルームの床に滑り座り、スマートフォンを取り出した。
一ヶ月前、柚子から送られてきた最後のメッセージを開く。『今日、何食べた? 仕事帰りに何か買ってこようか?』
そのメッセージを見つめていると、涙が音もなく流れ落ちた。
柚子。私にとって唯一の友達で、人生における「お姉ちゃん」だった。
彼女はいつもこうして私のことを気にかけてくれた。
指が削除ボタンの上で止まる。だが、もうすぐ死ぬ私が、この繋がりを残しておく理由がどこにあるだろう。
バスルームの床に横たわりながら、三週間前の病院での光景を思い出す。
医師は険しい顔で私の検査報告書をめくり、そして顔を上げ、その目に同情の色を浮かべた。
「神宮さん、残念ながらお伝えしなければなりません。検査の結果、胃がんの末期であることが分かりました。がん細胞はすでにリンパ節に転移しています」
私はただ頷くだけだった。まるで彼が天気の話でもしているかのように。
「すぐに化学療法を開始することをお勧めします。積極的に治療すれば、まだ二年から三年の時間が残されているかもしれません」
医師は私に詳細な治療計画書を手渡した。そこには化学療法のスケジュール、考えられる副作用、そして予後の分析が記載されていた。
私は一枚一枚を真剣に読み、そしてファイルを閉じた。
笑顔で医師に礼を言ったが、その化学療法の提案を受け入れることはなかった。
なぜなら、私にはどうしても生きなければならない理由がなかったからだ。
私の兄は、あんなにも、あんなにも私が死ぬことを望んでいたのだから。
それからの数日間、私は飢餓と過食、そして嘔吐の繰り返しの中で命をすり減らしていった。
ベッドの脇には薬瓶が散らばっていた。抗うつ薬、睡眠薬、鎮痛剤。そのどれもが、私の苦痛を本当に和らげてくれることはなかった。
もう家にいたくなかった。気を紛らわす必要があった。
東京の商業地区にあるデパートは、人の流れが絶えない。
私は婦人服売り場に真っ直ぐ向かい、あるシンプルな白いシャツに目を留めた。
そのシャツに手を伸ばした、まさにその時、別の手が伸びてきた。
顔を上げると、月子の甘い笑顔と、その背後に立つ陽一の険しい顔が見えた。
私たちの手は同時にその白いシャツを掴んでいた。それは店にある最後のMサイズだった。
「眠子さん、普段は会社で暗い色の服ばかり着ているから、この白は私の方が似合うかも……」
月子が口を開く。その声は虫唾が走るほど甘ったるい。
普段なら、私は譲っていただろう。だが、今日は違った。
「いいえ、これが必要なの」
私はきっぱりと、毅然とした口調で断った。
月子の顔から笑みが凍りついた。私がこれほど直接的に拒絶するとは予想していなかったのだろう。
小さい頃から、彼女は私の譲歩に慣れきっていた。
おもちゃも、服も、順位も、そして……家族も。
私が冷たい顔で拒絶すると、案の定、彼女はまたあの可哀想な表情で陽一を見上げた。
陽一が彼女に何かを囁くと、彼女はまた笑い出した。とても嬉しそうで、私を一瞥さえした。まるで自慢しているかのように。
私の兄は、彼女のものになったのだ。
本当は、彼女はこの服を奪いたかったわけじゃない。ただ、私に教えたかっただけなのだ。
私の兄は、彼女の方をより愛しているのだと。
でも、もうどうでもよかった。
どうせ、慣れているのだから。
