第2章
昼の高校の食堂は、いつもどおりの喧騒に包まれていた。悠介と歩美は中央のテーブルに陣取り、周囲からちやほやされながら食事を楽しんでいる。
私は深く息を吸い、ずしりと重い紙袋を提げて、二人のほうへ歩いた。
近づくにつれ、ざわめきが少しずつ沈んでいく。みんな噛む動きまで遅くして、スマホを取り出し、私という「一途な里子」が繰り広げるドロドロの嫉妬劇を待っているのだろう。
私は悠介の前で足を止めた。
私を見た瞬間、悠介は眉をわずかにひそめ、目の奥に露骨な苛立ちを走らせた。隣の歩美は鼻で小さく笑い、挑発するように悠介の胸元へと身を寄せる。
私は何も言わない。ただ静かに、紙袋の中身をテーブルへぶちまけた。
「ぱたっ」
色褪せた鷲のマーク入りの部活パーカー。酸化して黒ずんだ安物のシルバーのブレスレット。そして、私の名前すらまともに綴れていない、適当に押し付けられた誕生日カードが数枚。
「……なに、これ。好美?」悠介が固まった。
三年も追いかけたこの男を見つめ、私の声は自分でも驚くほど淡々としていた。
「それ、あなたにとって最初から意味なんてなかった。今の私にとっても同じ」
悠介の顔が一気に赤くなる。歩美はわざとらしく眉を跳ね上げた。
「うわぁ。駆け引きの新技?」
私は彼女を一瞥もしない。踵を返し、迷いなく大股でその場を離れた。
「好美! 待てよ!」
悠介が逆上したように追ってきて、腕を乱暴に掴む。
「いったい何がしたいんだよ! あんな大勢の前で俺に恥かかせて!」
私は手を振りほどき、振り返った。
「騒いでない」彼を見据える。
「ただ、もう自分をだましたくないだけ」
悠介は苛立たしげに髪をぐしゃっと掴んだ。
「俺たち、友だちだろ、好美! 俺はずっと友だちだと思ってた。なんでそんな、わざわざ拗らせるんだよ」
「友だち?」
怒りが限界を越え、笑いがこぼれた。私は一歩、距離を詰める。
「じゃあ言って。私の誕生日はいつ? 私がいちばん怖いものは? 私が暮らしてる家の住所、知ってる?」
悠介は口を開いたまま、何も出てこない。
「悠介、あなたは最初から私を友だちだなんて思ってない」
がらんとした廊下に、私の声だけが響く。
「あなたの隣に置くのに都合のいい観客だっただけ。いつでも盛り上げて、絶対に面倒をかけない背景。私の崇拝で、あなたの虚栄心を満たしてただけなんでしょ」
悠介が羞恥で顔を歪め、怒鳴り散らした。
「しつこく勝手についてきたのはお前だろ! 俺が強制したわけじゃねぇ!」
その言葉は、乾いた平手打ちみたいに、私の頬を容赦なく叩いた。
怒りに歪む悠介の顔を見た瞬間、なぜか笑ってしまった。涙が前触れなく頬を伝い落ちるのに、口元だけが持ち上がる。
「……そうだね。私が勘違いしてただけ」
息を吸い、顎に落ちた涙を拭う。
「でも、もういい。今日から、あなたは自由。私も」
私は背を向けた。
背後から、歩美のハイヒールが廊下を叩く音が近づいてくる。甲高い嘲笑が混じった。
「ほんっと哀れ。捨てられない執着って、ヒルみたい」
――けれど、里親の家に戻って待っていたのは、もっと鋭い声だった。
花野夫人がスマホを握りしめ、屋根を突き破りそうな勢いで喚いている。
「見なさいよ、学校で何したの! 保護者グループが大騒ぎよ! 花野家が育てた子が、どれだけ恥知らずで、人前で発狂する里子なのかって! 花野家の顔に泥を塗って!」
罵りながら、親族のLINEグループに音声メッセージを連投している。私の「恩知らず」を、これでもかと吊し上げるために。
「食わせて着せて、住む場所まで与えてやってるのに、その返しがそれ? あんたみたいな生まれつきの厄病神!」
私は、くたびれたキャリーケースを引きずりながら階段を下りた。初めて、俯いて謝らなかった。
「もう、あなたたちに認められるために生きるのはやめる」
声は驚くほど静かだった。
「この数年、私が無償でやってきた家事は、あなたたちが国からもらってる手当なんかよりずっと多い。これで帳消し」
「口答えする気!?」花野夫人が金切り声を上げる。
「……もういい」
ずっとソファで新聞を読んでいた養父の花野氏が、ようやく立ち上がった。冷え切った目で私を見て、玄関へ行き、ドアを開け放つ。外の突風と横殴りの雨が一気にリビングへ雪崩れ込んだ。
「荷物をまとめて出ていけ」声に温度は一切ない。
「そのドアを出たら、二度と戻ってくるな。泣きついても知らん」
私は迷わなかった。キャリーケースを掴み、風雨の中へ踏み出す。背後で扉が「バン!」と乱暴に閉められた。
十月の豪雨は骨の髄まで冷たく、あっという間に頭から足先までずぶ濡れにする。
私は足を止め、古びたバス停の屋根の下へ身を寄せた。スマホ画面の雨粒を拭い、震える指で連絡先のいちばん下――ぽつんと残っていた名前を押す。
ツー……ツー……
二度鳴ったところで、通話がつながった。
「好美?」
私はスマホを握りしめる。
「弘人……」歯がかちかち鳴る。
「お願い……しても、いい?」
