第2章 二度出会った男

空港の入り口。一台の黒いベントレーが道端に停まっている。後部座席に座るスーツ姿の中年男性が、車の窓越しに空港の出口の方を眺めていた。そこから、ひときわ目を引く人物が現れようとしていた。

やがて、一人の若い女性が荷物カートを押しながらゆっくりと姿を現す。その軽やかな足取りは、優雅そのものだ。シンプルだが上質なピンクのシャツに、スリムなジーンズを合わせている。長い髪はポニーテールに結われ、数本の髪が頬の横にそっと垂れ、彼女に柔らかな雰囲気を添えていた。

彼女の顔立ちは清純で精緻、肌は雪のように白い。その輝く瞳はまるで光を放っているかのようで、人混みの中でもひときわ目立っていた。

その時、甲高い笑い声が彼の注意を引いた。カートの傍らで、小さな男の子が突然飛び降りたのだ。白いパーカーにワイドジーンズという出で立ちで、着地した際に数歩よろめく。女性は慌てて駆け寄り、その子を支えた。

男の子の豊かな髪が額を覆い、彼の動きに合わせて軽く揺れる。小さな顔立ちはまだ幼いが、すでに彫りの深さを感じさせる。特にその大きな瞳は、年齢にそぐわない利発さを湛えており、思わず頬をつねりたくなるほどだった。

「林田さん、彼女が車に乗ろうとしません。どうしますか?」男の低い声が響く。

彼は黒いセダンの傍らに立っていた。

林田さんはわずかに首を傾け、少し離れた場所に立つ女性に視線を落とした。

「彼女か?」男の冷ややかな顔に微かな怒りが浮かび、すぐに平静を取り戻した。

車傍の男は頷き、どこか諦めたような口調で言った。「はい、彼女です。我々がいくら説得しても、どうしても車に乗ろうとしません」

それを聞いた林田さんはしばし沈黙し、やがてゆっくりと口を開いた。「行こう。無理強いはするな。だが、見張りをつけろ。彼女がどこに住んでいるのか、そして彼女のすべてを知りたい」

命令が下されると、黒いセダンはゆっくりと走り出し、一筋の煙を残して去っていった。

田中春奈は息子の小さな手を引き、一週間前に念入りに選んだマンションへと車で向かった。

彼女の瞳には期待が輝いている。それは心の拠り所を探し求めるかのようだった。

「ママ、どうしてここに来たの?」息子の幼い声が彼女の思考を遮った。その好奇心に満ちた瞳を見上げ、田中春奈の心に温かいものが込み上げてくる。しかし、そこにはかすかな苦さも混じっていた。

「ここはね、ママが生まれた場所だから。それに……ママがとても会いたい人がいるの」彼女は静かに答える。その声には、揺るぎない決意が込められていた。

一ヶ月前、先生が期待に満ちた顔でW国トップの生物医学研究所からのオファーを差し出した時、田中春奈は意外にもそれを断った。

それは単に一つの仕事を断ったということだけではなかった。過去の生活との決別でもあったのだ。

お腹に小さな命を宿しながら、働きながら学び、汗と涙で普通ではない道を切り拓いてきた。ただ、自分自身に一つのけじめをつけるために。

五年間、ペナンは遠い記憶となった。誤解が原因で疎遠になってしまった母親のことも含めて。夜が更け、一人になると、田中春奈は決まって母親の失望と不審に満ちた目を思い出してしまう。失われた親子の情を、二人はもう一度取り戻すことができるのだろうか。

そして今、彼女はついに勇気を振り絞り、息子を連れて帰国の途についた。

歳月が母親の恨みを洗い流してくれたのか、失われた親子の情を取り戻すことができるのか、それを確かめたかった。

マンションのドアがゆっくりと開く。それは全く新しい始まりを告げていた。田中春奈は深く息を吸い込み、息子の手を引きながら心の中で呟いた。「お母さん、ただいま。……まだ、私を許してくれる?」

早朝、陽光が気だるげに帝都の街並みに降り注ぐ。田中春奈はとある私立学校に連絡を取っていた。今日が初登校日なのだ。息子との温かい別れを慌ただしく済ませると、振り返ってタクシーを拾い、勤務先であるペナン国際病院へと急いだ。

十日前、病院に新設されたウイルス生物研究所が、なんと田中春奈に直接オファーを送ってきたのだ。これは単なる仕事の誘いではなく、彼女の専門能力に対する大きな評価の証だった。実験室の主任は、彼女が海外留学時代にお世話になった先生の親友だという。

「初日から遅刻して、新しい同僚に悪い印象なんて与えられないわ」彼女は心の中で呟き、ほとんど味わう暇もなかった朝食を固く握りしめながら、パンをかじり、運転手と慌ただしく料金を精算する。足取りは速かった。

エレベーターホールで、彼女は頬を膨らませ、最後のトーストを口の中に押し込んだ。チーン、という音と共にドアが開く。

「あっ!」

不意に、ぐっと押されるような力で軽くぶつかってしまった。顔を上げると、冷徹な顔立ちが目に飛び込んでくる。「イケメンだからって、こんな乱暴なことしていいわけ?」と心の中で毒づいたが、職業柄すぐに感情を収め、表には出さなかった。

エレベーター内の人数が増えるにつれ、空間はますます窮屈になっていく。田中春奈が人混みをかき分けていると、うっかり何かを踏んでしまった。振り返って謝ろうとした瞬間、その深い瞳と真正面から目が合ってしまう。わけのわからない緊張感から、思わず大きなげっぷをしてしまった。その音はあまりに大きく、彼女自身、穴があったら入りたいほど恥ずかしくなった。

エレベーター内の空気は一瞬で凍りつき、田中春奈の頬は真っ赤に染まる。「これで、イメージ丸潰れだわ!」と心の中で後悔しきりだった。一方、例の冷徹な男は、口元に気づかれにくい笑みを浮かべているようにも見え、この気まずい雰囲気にどこか微妙な面白みを添えていた。

チーン——。ようやくエレベーターのドアが開き、田中春奈は逃げるように飛び出した。心の中は複雑な感情でいっぱいだ。対照的に、あの男は相変わらずのクールさを保っていたが、その涼しげな瞳の奥には嫌悪が宿っていた。

独り言を呟き、苦笑いには諦めが混じる。

田中春奈は入職手続きを済ませ、広々として明るい自分専用のオフィスに腰を下ろした。

「春奈さん、私がアシスタントの佐藤優奈です」佐藤優奈はハンドバッグを机に置き、花のような笑顔でオフィスに入ってきた。

田中春奈はちらりとそれを見て、TIMコーヒーだと気づく。彼女は微笑んで頷いた。「優奈さんも、このブランドのコーヒーが好きなの?」

佐藤優奈は軽くお辞儀をし、どこか謙虚な声で言った。「春奈さんはW国からお戻りになったと伺いました。あちらではこのブランドのコーヒーがとても有名ですよね。奇遇なことに、ちょうどこの先の路地裏に新しくお店ができたんです。本場の味だそうですよ。これから、どうぞよろしくご指導ご鞭撻のほど、お願いいたします」

そう言うと、彼女は軽やかに身を翻し、ドアに向かおうとしたが、何かを思い出したかのようにぴたりと止まり、すぐに振り返った。顔には申し訳なさそうな色が浮かんでいる。「あら、春奈さん、大事なことを忘れるところでした!主任から伝言です。一時間後に重要な会議があるそうで、投資家の方まで直々にお見えになるとか。私たちも、しっかり準備しないとですね」

田中春奈はそれを聞き、優雅な笑みを口元に浮かべ、軽く頷いた。「わかったわ、優奈さん。ありがとう!」

あっという間に十時になり、田中春奈は時間通りに会議室へと足を踏み入れた。隅の方の席に座り、周りを見渡すと、各部署のエリートや中核メンバーがここに集められており、雰囲気は重々しい。同僚たちのひそひそ話が耳に入る。「投資家って、独身の超イケメンらしいわよ。しかもめちゃくちゃ金持ちで、今日は自ら会議に出るんだって」

「もし彼に見初められたら、まさに玉の輿よね。もうあくせく実験なんてしなくていいのに!」

皆が口々に噂していると、やがてドアがばんと大きな音を立てて開かれた。先頭に立つ男は、黒の高級オーダーメイドスーツを身にまとい、両手をポケットに突っ込み、全身から無視できない高貴なオーラを放っていた。

彼はゆっくりと首席へと歩み寄り、腰を下ろした瞬間、会議室全体が震えたかのように静まり返り、全員の視線が彼に釘付けになった。

田中春奈が顔を上げると、壇上のその人物と視線が交差し、一瞬固まった。「朝のエレベーターの……」彼女は心の中で驚いたが、なんとか平静を装い、これからの会議内容に耳を傾け続けた。

一方、皆から「江口さん」と呼ばれているその男、江口匠海もまた、何気ないそぶりで彼女の方に視線を向けたようだった。その眼差しには、言葉にし難い何かが揺らめいていた。

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